村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【品川猿の告白】「一人称単数」より

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 短編集『一人称単数』から1作ずつ取り上げてきた書評も7作目まできました。ブログの書き方はいまだ試行錯誤中ですが、なんとか続けていけそうです(;^_^A

 

【要旨】

  •  小さな温泉町のみすぼらしい旅館の一室で向き合う品川猿と小説家。
  • 猿社会にも人間社会にも属すことのできない、はぐれ猿の身の上話。
  • 恋情を抱く女性の記憶を自分の内に取り込むその手口!品川猿とおぼしき「名前盗み」が再び始まる。

 

『七人の名前盗み』

 猿は神妙な顔つきで指を折って数えた。指を折りながら、もそもそと小声で何かを呟いていた。それから顔を上げた。「全部で七人です。七人の女性の名前を私は盗みました。」

 

 旅館の一室『荒磯の間』で老猿の身の上話が始まります。訳あって品川から高崎山に放逐されるも猿社会になじむことが出来ず、しなびた温泉宿に流れ着いた『品川猿』。『I♥NY』の長袖シャツを着て、美味そうにビールを飲む猿の姿がコミカルに描かれます。

 

[前作『品川猿』より]

 そもそもこの老猿は、短編集『東京奇譚集』に収録された短篇『品川猿』に登場するキャラクターで、放逐された経緯はそこに描かれています。詳しいことは省きますが、親子関係に問題を抱えた女性を《セルフ・カウンセリング》に導く役割をこの猿が担いました。

 

 主人公の『僕』が聞き役となった今回の品川猿の告白は、どうやら作者である村上春樹その人の話と言えそうです。前作の流れを踏まえると、品川猿が導くセルフ・カウンセリングという設定は最初から明らかなのですが、主人公の『僕(=作者)』だけがこの真相を知り得ないという「刑事コロンボ」的な設定で物語は進んで行きます。

 

  ちなみに対話の場である『荒磯の間』は大磯の村上春樹自邸の語呂合わせ、『I♥NY』の長袖シャツは雑誌『ザ・ニューヨーカー』との親和性、  そして「名前盗み」の犯行の7件は、本作が短編集の7作品目であることと符号が一致します。

 

仮面の告白

それはまことに申し訳ないことだと思っています。良心の呵責が何かにつけ、私に重くのしかかります。しかしいけないことだとは知りながら、どうしても盗まずにはいられないのです。言い訳するのではありませんが、私のドーパミンが私にそう命ずるのです。ほら、いいから名前を盗んぢまえ、なにも法律にひっかかるわけじゃないんだから、と

 

 品川猿が語っていることが7つの短篇作品を暗示しているならば、この告白は作者の創作にともなう罪の意識について述べていることになるのでしょうか。ボク自身は本格的な創作に関わった経験がないので、こうした心境はなんだか不思議なものに感じられます。

 

 ・・・創作にたずさわる者の抱える深き業。その背景にある究極の恋情と孤独・・・

  

【まとめ】

 猿と人間の生物学的な壁もあって、愛する相手との性交渉が禁じられた品川猿の恋情と孤独は《名前盗み》という秘密の儀式に向けられ、そこには罪悪感もしくは倫理的な違和感が暗い影を落としていました。

 

 ボクはこの物語を読んだとき、創作にまつわる作家の告白という主題とはべつに、ふとLGBTの問題が脳裏に浮かびました。品川猿のように、この社会には自然な感情としての愛を表に出すことができずに苦しんでいる人たちが現実に存在します。そのことをこれから長く考えることになる気がします。