村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【とんがり焼の盛衰】「カンガルー日和」より

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 本作は高校教科書に採用されました。作品の発表当時の時代背景を御存じの方は、芥川賞の選考委員や文壇に対する皮肉をごく自然に読み取ることでしょう。事情を知らない高校生たちにも《寓話》の奥深さを充分に堪能できる内容になっていると思います。

 

【要旨】

  • 長い歴史を持つ名菓とんがり焼の新製品コンクール。
  • 僕は現代的なとんがり焼を作って応募する。
  • 一ヶ月後、僕の作った新とんがり焼の真贋が試される日がやってきた。

 

【とんがり鴉】

「名果とんがり焼き・新製品募集」の新聞記事を見て「僕」は説明会会場へ向かいます。「僕」は菓子についてはちょっとうるさい方であり、それに時間もあったので応募してみることにします。

 

前にも言ったように、僕は菓子についてはちょっとうるさい。あんこやクリームやパイのかわなんか、どんな風にでも作ることができる。一か月で新しい現代的なとんがり焼を作り出すことくらい簡単である。僕は〆切の日に新とんがり焼を二ダース作り、とんがり製菓の受付に持っていった。

 

一か月後にとんがり製菓から電話がかかってきました。「僕」の応募したとんがり焼きはなかなかの評判なのですが、年配者の中にはとんがり焼きではないと言うものもあるので、『とんがり鴉さま』に判断を仰ぐというのです。

 

【寓意が指し示すもの】

 さて、教室でこの作品を学んでいる生徒の多くは、この物語が単なるおとぎ話で『とんがり鴉』なんか存在しないなんて思っていませんか?

 

  ボクはかつて『とんがり鴉』によく似た生き物を見かけたことがあります。

 

 天下りによってやって来た彼らは、普通の人が出入りしない密室を住処としていました。しかし汐留や品川・八重洲北口の旧国鉄跡地がその姿を変えようとするといっせいに鬨の声を上げ、その存在感の大きさを誇示しあったのです。彼らのやっていることは「談合」と呼ばれていました。

 

【自我の解放】

  多くの寓話を書き残したカフカは、擬人化した動物を作品に登場させることでも知られています。自分と自分の周りの世界との間に親密な関係を築くことが出来なかった彼は、動物の物語を通じて自我の解放を模索したとも考えられています。

 

 この作品の寓意が差し示す現実の不条理を想像すると、作者である村上春樹の受けた心の傷や心情の発露を求めた感じが分かる気がします。そして、作家人生の逆境を生き長らえて現在の活躍に至った経緯を自分の生き方を重ね合わせてしまうのは、きっとボクだけではないでしょう。