本作のタイトルを正確に記述すれば『サウスベイ・ストラットーーードゥービー・ブラザーズ「サウスベイ・ストラット」のためのBGM』となります。題名からして遊び心が溢れた御機嫌な作品に仕上がってます。
【要旨】
- 私は一人の女を捜し出すためにサウスベイにやってきた私立探偵。
- バーやクラブを尋ね歩いて回ったあとホテルの部屋で反応が現れるのを待つ。
- 三日目の午後にその女が現れるが、それは危険な罠だった。
【チャンドラー的世界】
私立探偵の「私」がサウスベイにやってきたのは一人の若い女を捜し出すため。女の写真を手にサウスベイ一帯のバーとクラブを歩いて回り、ホテルの部屋に閉じこもって待っていると目的の彼女が現れました。
写真どおりの、いや写真以上に御機嫌な女だった。とびきりの金髪とロケットのような乳房、中年男が尻の毛まで抜かれてしまうのも無理はない。彼女はぴっちりとしたワンピ―スに六インチもかかとのあるハイヒールをはき、エナメルのハンドバックを手にベッドのはしに座っていた。
実は女の正体は何も事情を知らない売春婦でした。それは「私」の口を封じるための罠を意味します。
黒いかたまりが私の胃の入口にこみあげてきた。私は女を床につきたおすとテーブルの下から45口径をむしり取り、ベッドのかげに腹ばいになった。それといれ違いに機関銃の弾丸がジーン・クルーパのドラム・ロールのような音をたてて部屋に飛び込んできた。
さて、皆さんはレイモンド・チャンドラーのハードボイルド作品を読んだことがありますか?現在ではほぼすべてのシリーズを村上春樹の翻訳で読むことが出来ます。ボクはこれまで3作読んでいて、いずれも読みやすい語り口が印象的でした。
本作は叙情性に流されて筋がぶっ飛んでしまうこともあるチャンドラーの特徴をパロディにしたものでしょうか?読みながら思わずニンマリとしてしまいました。
【オリジナルな文体】
取り立てて主題を持たないこの作品を俯瞰してみると、むずかしい言葉や凝った表現や流麗な文体が一切使われていないことに気づきます。むしろ余計なものを削ぎ落して、重たさの対極にある軽さや気持ちの良さを意図的に追求しています。何しろ「ロケットのような乳房」「弾丸がジーン・クルーパのドラム・ロール」ですから(*´з`)
今でこそ国語教科書の常連の村上作品も、当時はベテラン批評家から「こんなものは文学でない」と蔑まれています。その一方で若い読者からは圧倒的な支持を得ていて、このアンバランスな状況は一種の社会現象として注目されました。
オリジナルな文体とハードボイルドのグルーヴ感を手に入れた村上春樹は、このあと長篇小説に挑んでいますが、それについてはまた別の機会に。