村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【タクシーに乗った男】「回転木馬のデッド・ヒート」より

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 本作の舞台である60年代のグリニッジ・ヴィレッジは東海岸における文化・芸術の中心地でした。 レンガ造りの家並みや歴史を感じさせる街並みは、今でもニューヨークの1,2位を争う観光スポットだそうで、いつか訪れてみたいと思っています。

 

《あらすじ》
僕に「タクシーに乗った男」という題の絵の話をしてくれたのは40歳前後の画廊の女性オウナーだった。彼女は「芸術的感動もなく、生理的なショックもない」と断りつつ、心に残っている一枚の絵をめぐる奇妙な物語を語り始めた。

 

 『失われた人生の一部』

 私は画家になろうとしてアメリカにやってきて、結局画家にはなれませんでした。私の腕は私の目ほど立派ではありませんでした。私は何ひとつできませんでした。そしてその絵の男は……なんだか私自身の失われてしまった人生の一部であるように思えたんです。

 

画廊を経営するその女性は、これまでに目にした中でいちばん衝撃だった絵に、名もなきチェコ人の画家が描いた『タクシーに乗った男』を選びました。それはタクシーの後部座席に座った若いハンサムな男の絵でした。

 

【影との対話】

  ボクたちは日常生活の中で訳の分からない嫌悪感を抱く相手に出会うことがあります。実はこのとき、自分のなかの闇の部分を相手に投影していると言われています。そのような負の感情の元となるイメージを心理学者のユングは《影(シャドウ)》と名付けました。

 

 《影》の正体は自分の中にある受け入れがたい欲求や劣等感が一つの人格を成したものです。《影》を敵視したり意識の外に追いやったりするのではなく、自我に統合していくことが心の成長につながるとされています。

 

 物語の主人公は『タクシーに乗った男』の絵を、自分の凡庸な才能を投影する《影》として焼き捨てました。しかし、それは現実の姿をまとって再び目の前に現れます。本作はこのような《影》との対決を繰り返しながら、そこから何かを感じ取ることで人生を前に進めてきた彼女の数奇な生き方が描かれています。

 

 《影》の問題は村上作品で繰り返し登場する重要なテーマです。ボクにもまだよく分かっていない部分がたくさんあるのですが、作品紹介を通じて理解を深めていきたいと思っています。