村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【パン屋再襲撃】「パン屋再襲撃」より

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 福音書には『人はパンのみにて生くるものに非ず』という一節があります。これは神と共に歩むことの重みを説いたイエスの言葉とされていますが、キリスト教徒でもないボクのような人間は『パン』に象徴される生活の諸事に振り回されながら一生を終えることでしょう。時折脳裏をかすめる「パン屋襲撃」的な妄想に悩まされながら。

 

【あらすじ】
結婚したばかりの二人は真夜中に突然耐え難い空腹を覚えた。その昔、僕と当時の相棒が行った「パン屋襲撃」の失敗したことがある。その時の「呪い」が、このひどい空腹感を引き起こしていると指摘する妻。二人は「呪い」を解くために、レミントンのオートマティック式散弾銃で武装して深夜のマクドナルドに乗り込んでいく。

 

『呪いを解くために』

「よく考えればわかることよ。そしてあなたが自分の手でその呪いを解消しない限り、それは虫歯みたいにあなたを死ぬまで苦しめつづけるはずよ。あなたばかりでなく、私をも含めてね」「君を?」「だって今では私があなたの相棒なんだもの」

 

お気楽な相棒と手を組んだ前回の襲撃は、あいまいな政治決着をしたために『呪い』が残されました。超行動派の妻を相棒にした「僕」は、今宵ふたたびパン屋襲撃を決行。深夜のドタバタ劇が再び始まります。

 

【パンの問題】

 《パンの問題》を社会システムによって解決し、神の存在を無効にしようとしたのが《急進的マルクス主義》と言われています。社会主義革命によって市場・貨幣・労働が廃絶された平等社会の実現を目指すその思想はあまりにも急進的過ぎて、結果的に人間疎外という矛盾を引き起こし、人々の支持を失いました。

 

 本作はそのような革命思想を背景とした70年代の全共闘運動を、舞台を現代に移した寓話として蘇らせています。

 

 ややもすればボクたちは、メディアやSNSの情報の洪水の中で呪いにかかってしまい、日常生活に根差した《パンの問題》から遠く離れた仮想現実に迷い込んでしまうことがありませんか? 本作を読み終えたボクはこんな風に感じました。

 

   意識の底に佇む海底火山は、革命思想の次に来る何かを待ち望んでいる

 

 世の中が《竜巻のような空腹感》や《特殊な飢餓感》をあおるときにはくれぐれもご用心を。