村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【象の消滅】「パン屋再襲撃」より

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 世の中の事象は因果律に従って淡々と進んでいるように見えます。しかし、そうしたボクたちが素朴に信じる論理は、実は自然界において最初から崩壊していると言われます。にわかには信じられませんが、量子力学の学説によれば、人の目の届かない所で神様はこっそりとサイコロを振って物事を決めているようなのです。本作は、そんな超自然の介入する瞬間を目撃してしまった男の不思議な物語です。

 
【あらすじ】
その記事によれば、人々が象のいないことに気づいたのは5月18日の午後の2時だった。消えたのは象だけではなく、飼育係の男も一緒に姿を消していた。「僕」は新聞記事を最初からもう一度読みなおしたが、それは相当に奇妙な記事だった。事件の結論はひとつしか見あたりはしない。象は逃げたのではなく「消滅」したのだ。

 

『落成式の風景』

象を前にして町長が演説し(町の発展と文化施設の充実について)、小学生の代表が作文を読み(象さん、元気に長生きして下さい、云々)、象のスケッチ・コンテストが行われ(その後象のスケッチは街の小学生の美術教育にとっては欠くことのできない重要なレパートリーとなった)、ひらひらとしたワンピースを着た二人の若い女性(とくに美人というほどでもない)が象にバナナを一房ずつ与えた。

 

ここには、象をひきとることになった町の、ほのぼのとした象舎の落成式の風景が描かれています。しかし、何ごともなく過ぎた1年後、象と飼育係は忽然と姿を消してしまいます。それは新聞の地方欄を揺るがすミステリー事件でした。

 

『夜の会話』

 「でもあなたの言い方はすごく変だったわよ。いい?私が『象が消えてしまうなんて誰にも予測できないもの』と言ったら、あなたは『そうだね。そうかもしれない』って答えたのよ。普通の人はそういう答え方をしないわ。」

 

 それは誰かに打ちあけるような類いの話ではないと「僕」は考えていました。しかし、パーティーで出会った彼女に促された「僕」は、その夜のカクテル・ラウンジで不思議な逸話の語り部となります。

 

因果律の破れた世界】

 『シュレディンガーの猫』という思考実験をご存じでしょうか?

 箱の中に入れた猫の生殺与奪を放射性元素の原子崩壊に委ねると、猫は生きている状態と死んだ状態が重なり合って存在するという奇妙な状況が生じます。これは量子力学の基本性質とされる『状態の重ね合わせ』の一例です。実際に箱の中にいる猫の状態を覗き見た人はいません。しかし、量子力学が積み上げてきた成果は、因果律の破れた自然現象が確かに存在することを実証しています。

 

 夕暮れ時に象舎の中を覗き見た時、主人公は偶然にも物理法則が崩壊する現場を目撃してしまいます。この出来事以来、便宜的な世の中はいっそう虚しく思え、消滅してしまった象と飼育係の残像が彼の心に留まり続けます。

 

 この作品を読んだボクはこんな風に思いました。これは現代の遠野物語であり現代人は物質的な豊かさを手に入れながらも精神的な広がりを遂げるすべを見失っているために閉塞的なシステムに取り込まれ・・・・・・いやいやもう止めておきましょう。今回は少し理屈をこね過ぎて、作品を味わう楽しみを奪っているような気がしてきました(-_-;)

 

 本作は『ザ・ニューヨーカー』に掲載された後に、クノップス社から村上作品の海外向け短編集の表題作として刊行されています。