本作は、南部のアラバマ出身のゼルダ夫人にインスパイアされて出来上がった作品です。彼女は狂乱の1920年代を象徴するフラッパー(独立心旺盛で享楽的女性)であり、この作品以降もフィッツジェラルドの創作の原動力になっていきます。
《あらすじ》
南部出身のサリー・キャロルは、北部のハリー・ベラミーと出会い結婚を誓い合った。南部と北部の価値観の相違を肌身に感じながらも、二人は「氷の宮殿*1」の迷路へと向かう。先に進むハリーの呼び声は次第に遠のき、やがて完全な静寂と暗闇と凍てつくような寒さが彼女を包んでいった・・・。
『南部への偏見』
「ごめんよ、悪かった」とハリーはいちおう謝ったが、本心からではなかった。「しかし僕が連中のことをどう考えているかはわかるだろう。彼らは言うなれば一種の退化状態にある。古き良き南部人とは別ものになってしまっている。余りに長いあいだ黒人たちと一緒にいたもんで、怠け癖がついてすっかり骨抜きにされてしまったのさ」
ハリーの南部に対する北部的偏見にサリーは憤慨します。しかし、彼女の中で沸き起こる正義感の中にも、気づかないうちに南部特有のバイアスが侵蝕し始めていました。
【根源的な問題】
さて、この物語は南部出身の女性の北部への挑戦が、『氷の宮殿』という外的であると同時に内的な体験によって潰えたという話です。それは「女性の自立」や「南北の分断」といった社会問題を超えて、根源的なアイデンティティーの問題にまで達しているように感じられます。作者は明確な答えを提示していませんので、それは想像の域を出ませんが。
一方、現実のゼルダ夫人について言えば、晩年に心の病を発症して故郷の療養所でひっそりと人生を閉じています。フィッツジェラルドは本作を通じて、彼女の心の内側に迫りたいと考えたのかもしれません。これもボクの深読みに過ぎないのかもしれませんが。
次回こそフィッツジェラルドの核心部に踏み込みたいと思います。どうか引き続きお付き合いください(^^)/
*1:冬の祭典の舞台となる三階建ての氷の胸壁と1㎞半もの奥行を持つ洞窟。