村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【人の考えつくこと】『頼むから静かにしてくれ』より

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 カーヴァーの初の短篇集『頼むから静かにしてくれ』は、アメリカでもっとも権威ある文学賞の全米図書賞候補に選ばれています。ただ、本の売り上げは芳しくなかったようで、安定した収入のないまま妻のメアリアンとは別居。さらにアルコール依存症に陥るなど、デビュー当時のカーヴァーは散々な生活状況だったようです。

 

 次に紹介する作品も、鬱屈とした私生活の中から作り出されたに違いありません。「にっちもさっちもいかない」という言葉を物語にすれば、こういうことになるのかもしれません。

 

《あらすじ》
宅で2~3日に一度、奇妙な夜の光景が繰り広げられている。その家の主人が屋外にそっと出て来ては、自分たちの寝室を覗き込んでいた。寝室の中では彼の妻が服を着替えていて、彼がカーテンがパッと開けると彼女は恥じらって背を向けてみせる。そんな隣人たちの私的な夜の営みを、ヴァーン夫妻はかれこれ3ヵ月もの間、固唾を飲んで見守ってきた。

 

『そのままじっと見物を続けた』

「他の女が持っていない何を、あの女が持っているっていうのよ?」と少しあとで私はヴァーン(=夫)に向って言った。私たちは床にうずくまって、頭だけを窓枠の上に出している。そして自分の家のベッドルームの窓の前に立ち、中を覗き込んでいる男(=隣宅の主人)の姿を見ていた。「そこがミソなんだよ」とヴァーンは言った。私のすぐ耳もとで彼は咳払いをした。我々はそのままじっと見物を続けた。

 

『そこがミソなんだよ』のセリフのあとに続く言葉を飲み込んだ夫の心境は、同性としてなんとなく分かるような・・・(*'ω'*) その一方で、妻は侮蔑・嫉妬・屈辱がないまぜになって、その夜はなかなか眠りに就くことができないようです。

 

【厄介な問題】

 ヴァーン夫婦は、隣人の奔放な夜の営みを目撃してしまったために、彼らが信じる健全な夫婦観を揺さぶられました。とりわけ夫人は我慢ならないようで、苛立ちの矛先を家中のものに向けますが、その様子は滑稽ながら少し気の毒です。

 

 この作品のテーマを《人の業》と見なすのが文学的には正しいのかも知れませんが、一介の生活者の私としては「ご近所づきあいのリアル」の部分にどうしても引っ掛かります。そもそも迷惑をかけている自覚のない相手へのイライラから逃れられないという事態は、厄介この上ないではありませんか! 文学の事はひとまず横に置いて、しばらくこの悩ましき残像が私の頭を離れません(-_-;)