村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【サマー・スティールヘッド(夏にじます)】『頼むから静かにしてくれ』より

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 本作はおそらく作者であるカーヴァー自身の少年期の記憶が投影された作品です。彼の父親は貧しい労働者階層で、職を転々としながら家族を養っていましたが、アルコール依存症が高じて職を失っています。そんな一家の様子が、少年の目を通じて垣間見えます。

 

《あらすじ》
親の不仲に心を痛める少年は、ある日仮病を使って学校をさぼり、バーチ・クリークへと向かった。そこはかつて父親に連れられて鱒釣りをした思い出の場所。そこで出会った見知らぬ少年と共に見たこともない夏にじますの大物を捕まえた。少年は喜びに胸を膨らませて帰途につくが・・・。

 

『こんなもの、どこかに持っていけ!』

「外に持っていくんだ!」と父さんが叫んだ。「お母さんの言ったことが聞こえないのか。外に持っていけったら」僕は言った。「だってお父さん、これを見てよ」父さんは言った。「そんなもの見たくない」僕は言った。「バーチ・クリークでとれた馬鹿でかいサマー・スティールヘッドだよ。見てよ。」(中略)彼は大声をあげた。「こんなもの、どこかに持っていけ。」

 

親に見せようと苦労して手に入れた魚は、夫婦喧嘩のせいで一瞬にしてその価値を失った。ぶっきらぼうに放たれた父親の言葉には苦悩の一端も感じられるが、少年には、大人の身勝手で不可解なセリフとして虚しく響く。

 

【過去・現在・未来】

 物語に登場する『父さん』が、作者の父親をモデルにしていることは容易に想像がつきます。ただ、作者自身も生活の困窮と創作の苦しみでアルコール依存に陥るなど、決して良き父親ではなかったことから、自分自身の姿もそこに見ていることでしょう。さらに少年の粗放な一面は、いずれ彼らと同じ道をたどって人の親になる宿命を感じさせます。

 

 この作品は不確かな少年の視点が基調になっていて、登場人物の生き方や人生観はおぼろげです。それでも、負の遺伝子が過去・現在・未来へと絶えることなく受け継がれていく諦観が物語全体に感じられて、胸が締め付けられるような気持ちになります。

 

 ところで、本書『頼むから静かにしてくれ』を発表したあとで、カーヴァーはついに断酒の決意を固め、アルコール依存症治療施設に自ら入所します。そして後のカーヴァー夫人である詩人テス・ギャラガーと出会い、大学教授の職を得て、作家としてオー・ヘンリー賞を2度受賞するなど、日の出の勢いの快進撃が始まるのですが、それついてはまた別の機会に。