本作は《ミッドライフ・クライシス*1》を描いた小説です。
バブル絶頂期に成功を手にした主人公の人生は順風満帆に見えながら、何かが欠けているように感じつつ日々が過ぎていました。ある美貌の女性の登場により人生が急転回し始めます。物語は、至高なるものを求めて《国境の南》へ、現実には存在しない《太陽の西》へと誘います。
《あらすじ》
ジャズ・バーを経営するハジメは幸せな結婚をし、娘を私立の幼稚園に送り迎えする毎日を過ごしている。彼は義父の出資によって会社勤めから抜け出して、裕福で安定した生活を手に入れた。しかし時に「これはなんだか僕の人生じゃないみたいだな」と考える。そんなある日、小学生の頃に強く惹かれあった島本さんが現われた。
『ヒステリア・シベリアナ』
「国境の南、太陽の西」と彼女は言った。
「なんだい、その太陽の西っていうのは?」
「そういう場所があるのよ」と彼女が言った。「ヒステリア・シベリアナという病気のことは聞いたことがある?」
(中略)僕は大地につっぷして死んでいくシベリアの農夫の姿を思い浮かべた。
謎に包まれた島本さんとの不貞の恋愛をハジメは追い求める。彼が所有する箱根の別荘に行き、そこで彼女に弄ばれる異様なSEXを体験する。その後で、ハジメは秘密を全て話してくれるよう彼女に求めるが、『明日になったら、何もかも話してあげるわ』との約束にもかかわらず「島本さんとの明日」は存在しなかった。
【人生の模索期間】
本書には、島本さんとの再会や情事が、ハジメの頭のなかで起きた幻想のようにも描かれています。もし仮にそうであったとしても、この物語の本質は変わりません。なぜなら島本さんの登場以前に事はすでに起きていたからです。
ハジメは元恋人への裏切りに対する自己処罰感情を抱えたまま、旅先で偶然出会った女性と結婚しました。政治闘争に明け暮れ拝金主義を否定した過去を封印して、経済的成功を手に入れました。そうした自己矛盾の蓄積が心の危機の直接的な原因であり、島本さんとの情事が、結果的にこの問題を顕在化させました。
さて、ハジメはこれまでの生き方の軌道修正することなしに人生を再構築することなどできないでしょう。ただし、その具体的な答えは読者に委ねられます。
《ミッドライフ・クライシス》
それは誰もが直面する人生の模索期間です。