村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【熊を放つ(第1章・ジギー)】

 アメリカ文学を代表するジョン・アーヴィングのデビュー作をご紹介します。発表当初から評価が高く、作品の舞台であるドイツ語圏に翻訳されるやたちまちベストセラーに。本邦では村上春樹を中心に6人の翻訳チームが組まれて刊行に至っています。

 

 訳者あとがきでも触れていますが、本作が村上作品に多大な影響を与えているのは間違いありません。過激で挑発的な内容や、複雑な欧州の民族事情の記述に気おくれしていまい、今日までブログで取り上げるのを先送りしてしまいました。たまたま目にした《動物倫理学》の記事から本書の切り口が見えてきたので思い切ってご紹介してみます。

 

 以下このブログでは、第一章「ジギー」、第二章「ノートブック」、第三章「動物たちを放つ」という構成に従い3回に分けてご紹介します。

 

《あらすじ》
第して落ち込んでいたグラフは、ジギーという風変わりな青年と意気投合しバイクの旅に出る。オーストリアの田舎を中古のバイクで疾走する二人。彼らは自由を謳歌するが、行く先々で様々なトラブルを巻き起こしていく。

 

『動物園破り』

「待てよ、ジギー!」と僕は言った。「まさか動物園破りをたくらんでるんじゃなかろうな?」「なあ、そういうのって凄いと思わない?稀にみる快挙だぜ。ただ単に動物を放してやるために動物園破りするなんてさ」「文句なしにすごいね!」と僕は言った。

 

『動物園破り』という突拍子もないプラン。「僕(=グラフ)」はこれをジギーのいい加減な思いつきに過ぎないと考えて聞き流した。しかし、行き当たりばったりのように思われた旅の裏には、ジギーの緻密な計略が隠されていた。

 

【動物倫理学

 ピーター・シンガーの著作『動物の解放』は世界に衝撃を与えました。あらゆる差別に対抗する平等の原理を、人間に限らず動物にも適用するべきいう主張が堂々と展開されたからです。ベジタリアンやビーガンなどの論拠とされる《動物倫理学》は、同書によって口火を切られました。

 

 例えば、動物のなかでも特に脊椎動物は、その振る舞い、人間との解剖学的な類似、進化過程の共有経緯から、共通する喜び・苦しみを感じることが出来ると考えられます。このような快苦を感じる存在は私たちと同じ属性をもつと見なし得るために、人為的な苦痛を与えることは道徳に反する!というのがシンガーの主張です。

 

 本書はこの『動物の解放』に先だって刊行されており、作者の着眼点は当時としてはかなり前衛的であったと思われます。当時の読者は『動物園破り』という犯罪行為をどう受け止めたでしょうか? 文学的な比喩として許容したのでしょうか? そもそも《動物倫理学》に対する違和感を払拭できないというのが、今もって大方の見方ではないでしょうか。その違和感こそがこの物語のキモの部分でもあります。

 

 次回の第二章ではジギーが『動物園破り』を計画した理由が描かれます。彼はオーストリアの動物園に偵察の目的で潜伏します。彼のノートブックには第二次世界大戦下のユーゴスラビアの民族紛争の記憶が記述されていました。本ブログでは、若干26歳の新人作家ジョン・アービングが本書を通じて何を訴えようとしていたのか、その真意を探っていきます。続きをお楽しみに(^^)/