Amazonより
いかにもカーヴァーらしいタイトルがつけられた作品をご紹介します。本作には別のバージョンもあり、そちらのタイトルは『いいもの見せてあげるよ』です。ちなみに村上春樹は、自分が同じ話を書いたら『なめくじ』にするだろうと述べています。それでは、いつものようにあらすじからご紹介します。
『いいもの見せてあげるよ』
ナンシーはベッドの中で、庭の木戸が開く音を聞いた。隣では夫のクリフがぐっすりと眠っている。彼女は窓から外を確認し、庭に異常がないことを確かめると再びベッドに戻ったが、どうしても眠れない。結局、開いた木戸を閉めるために外に出ると、隣家の主人サムが垣根越しにこちらを覗いているのに気がついた。
私は言った、「こんな時間に何してるのよ、サム?」そして垣根の方に寄った。
「いいもの見せてあげるよ」と彼は言った。
「今そっちに行くわよ」と私は言った。
(中略)
「なめくじ」と彼は言った。「今こいつらにこれをふりかけてやったところさ」そう彼は言って、クレンザーの缶みたいなのを示した。
サムが示す地面の上には「なめくじ」がうごめいていた。たわいもない会話の流れで、彼は仕事を辞めたこと、生活はなんとか維持できているものの、先行きは不安定であること、そして絶縁状態にあったクリフとの関係を修復したいといった胸の内をナンシーに打ち明けた。
【月明かりの下で】
周囲の喧騒が収まるにつれて訪れる深夜の静寂。暗闇と静けさは、精神を研ぎ澄ます独特の感覚を引き起こします。同時にそれは、日常の枠を超えた思考や感情の広がりをもたらします。
月明かりに照らされた庭を眺めるナンシーに、『どんなに小さなものも見える』という集中力と高揚感が生まれます。そして、昼間では知り得なかったサムの内面に触れる時間を過ごします。サムは深夜の静寂の中でなめくじを拾い集めながら、前妻を事故で亡くしたことに端を発する孤独や後悔に向き合っていました。
私自身も似た経験をしたことがあります。ある夜、壁を叩く金属音が響き渡り、驚いた私は飛び起きました。不安を抱えながら同じマンションの住人と合流し、音の出どころを探ろうと、近隣の部屋を訊ねて回りました。パジャマ姿で互いの情報を交換するも原因は突き止められず、その夜は結論が出ないまま解散となりました。
翌日、工事業者が出入りする姿を見かけました。どうやら音の発生源は、夜間にひそかに行われた工事だったようです。それにしても、挨拶程度の付き合いしかなかった住人たちとの間に生まれた奇妙な親近感を今でもよく覚えています。同じマンションに住んでいても、様々な生活があることを実感した夜でした。
もし私がこの作品のタイトルをつけるなら『月明かりの下で』にするでしょう。壁一つ隔てた 隣の部屋の内情を 月明かりが照らし出す—―そんな妄想を膨らませながら今夜もブログを書いています。