村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

2021-01-01から1年間の記事一覧

【緑色の獣】(『レキシントンの幽霊』より)

私たちの本当に知りたいことが「意識の奥底」に潜んでいて、時折浮上してこようとしているのに、私たちはそれを自ら封印してしまうことがあります。なぜそんなことが起こるのでしょうか?今回ご紹介する作品を通じて考えてみたいと思います。 《あらすじ》 …

【レキシントンの幽霊】(『レキシントンの幽霊』より)

今回から短編小説集『レキシントンの幽霊』に収録された七つの作品を順次ご紹介します。本書は「潜在意識へのアプローチ」というテーマが様々な形で描かれた作品集です。 村上作品では『私たちが本当に知りたいことは意識の奥底に潜んでいる』というモチーフ…

【約束された場所で】

本書はオウム真理教の信者・元信者へのインタビューで構成されたノンフィクションです。2018年に事件に関与した13人の死刑が執行され、司法の場における地下鉄サリン事件は終了しました。しかし、残された信者をはじめ、カルトによって一般社会からはみ出し…

【アンダーグラウンド】

本書は地下鉄サリン事件被害者へのインタビューで構成されたノンフィクションです。60人の証言で浮かび上がるのは、事件現場での人々の良心的な行為や地下鉄職員たちの献身的な対応だけでなく、営団地下鉄、消防庁、警察庁上層部の愚鈍な姿勢やミスの隠蔽、…

【ねじまき鳥クロニクル 第3部 鳥刺し男編】

本作は80年代を背景に描かれていますが、それは我が国が経済大国の道を歩み始めた時代です。日本的経営が世界から称賛される一方で、過労死などの負の部分が問題視されたのもこの頃から。効率と成果を最優先する社会構造は、劣悪で不安定なものであるにもか…

【ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編】

『 第2部予言する鳥編』では、主人公のトオルが自分の内なる偏見と暴力に向き合う姿が描かれます。 このような《自分探し》をするなかで、極度のストレスが再来する記憶に出会うこともあるでしょう。しかし私自身は、必ずしも全ての人が心の傷に向き合うべ…

【ねじまき鳥クロニクル 第1部 泥棒かささぎ編】

本作は3部構成なので本ブログも3回に分けて投稿します。 『第1部泥棒かささぎ編』には、平穏な日常に潜む崩壊の予兆が漂います。以前までの村上作品であれば、主人公は他者との関係に距離を置いて自分探しをするのが常でしたが、本編の主人公トオルは踏み…

【国境の南、太陽の西】

本作は《ミッドライフ・クライシス*1》を描いた小説です。 バブル絶頂期に成功を手にした主人公の人生は順風満帆に見えながら、何かが欠けているように感じつつ日々が過ぎていました。ある美貌の女性の登場により人生が急転回し始めます。物語は、至高なるも…

【学生の妻】『頼むから静かにしてくれ』より

本作はカーヴァーの初期の作品のひとつです。大学のワークショップで学んでいた作者本人と最初の妻メアリアンが小説のモデルになっていて、夫婦生活の「あるあるエピソード」が盛り込まれたコミカルな作品に仕上がっています。 《あらすじ》 ある夜、リルケの…

【サン・フランシスコで何をするの?】『頼むから静かにしてくれ』より

カーヴァーの作品には《話し言葉》が効果的に使われていて、本作のようにタイトルになることもしばしばあります。《話し言葉》のもつ曖昧さは、筋の通った《書き言葉》に比べて釈然としない事もあるのですが・・・。いつものように作者の仕掛ける企てに翻弄され…

【収集】『頼むから静かにしてくれ』より

さて、今回もまた妻に出て行かれた失業中の男が登場します(笑)。 全体としてはコミカルな雰囲気のシュール・リアリスティック小説ですが、無駄のないストーリー展開、心の動きの心理学的正確さ、リアリズムを凌駕する象徴的な意味合いなど、素人目にも見事な…

【ナイト・スクール】『頼むから静かにしてくれ』より

本作には結婚生活の崩壊した惨めな男が登場します。崩壊の後に男の心に訪れたのは、望みなく、慰みもない虚無の闇。彼に関わる人々はみな失望し、苦言を呈して立ち去ります。そのあまりに取り付く島のない状況は、逆にシニカルで滑稽でさえあるのですが、ど…

【アラスカに何があるというのか?】『頼むから静かにしてくれ』より

カーヴァーは前妻メアリアンとの25年に及ぶ夫婦生活で、頻繁に引っ越しを繰り返しています。前妻の奨学金を頼りに、イスラエルに半年間移住したこともありました。彼らの夫婦生活がどのようなものだったのか、次に紹介する作品はその一端を垣間見る思いがし…

【60エーカー】『頼むから静かにしてくれ』より

カーヴァーはワシントン州ヤキマの出身です。その地域にはインディアンが暮らす保留地があったそうで、彼は先住民たちの暮らしをテーマにした作品をいくつか残していて、今回紹介する作品もそのうちの一つ。物語には先祖から広大な土地を引き継いだインディ…

【サマー・スティールヘッド(夏にじます)】『頼むから静かにしてくれ』より

本作はおそらく作者であるカーヴァー自身の少年期の記憶が投影された作品です。彼の父親は貧しい労働者階層で、職を転々としながら家族を養っていましたが、アルコール依存症が高じて職を失っています。そんな一家の様子が、少年の目を通じて垣間見えます。 …

【父親】『頼むから静かにしてくれ』より

今回ご紹介するカヴァーの作品は、ありふれた日常を舞台にした初期の作品です。しかし、物語の背景について説明の無いままフェードアウト。初めて読み終えた時の私はまるでキツネにつままれたような気分で、ラストシーンの残像がしばらく頭から離れませんで…

【あなたお医者さま?】『頼むから静かにしてくれ』より

カーヴァーが描く物語は表立って物事が展開しないために、作品の意図をつかむのが難しいとされています。村上春樹はこのような謎めいた雰囲気の中に「凛とした空気漂う世界観がある」として、それを《カーヴァー・タウン》と名付けました。 次に紹介するのは…

【そいつらはお前の亭主じゃない】『頼むから静かにしてくれ』より

作者のカーヴァーは高校の卒業と同時に当時十六歳のメアリアンと結婚し、生まれ育った町を離れました。短期の仕事を続けながら大学に通い創作の勉強を開始し、二人の子供を抱える妻もウェイトレスなどをしながら家計を助けます。やがてカーヴァーの名前は文…

【人の考えつくこと】『頼むから静かにしてくれ』より

カーヴァーの初の短篇集『頼むから静かにしてくれ』は、アメリカでもっとも権威ある文学賞の全米図書賞候補に選ばれています。ただ、本の売り上げは芳しくなかったようで、安定した収入のないまま妻のメアリアンとは別居。さらにアルコール依存症に陥るなど…

【隣人】『頼むから静かにしてくれ』より

カーヴァーの描く小説の世界観は「ダーティー・リアリズム」と呼ばれています。白人労働者階級が遭遇する無秩序な現実の一面を描いたことで、当時の米文学界に衝撃を与えたことからそう呼ばれます。次に紹介する作品*1にも、そんな人々の生活に潜む不穏な空気…

【でぶ】『頼むから静かにしてくれ』より

レイモンド・カーヴァーのデビュー短編集『頼むから静かにしてくれ』から13篇をご紹介していきます。彼の作風は《ミニマリズム》とも呼ばれるオリジナルなスタイルで、それに感銘を受けた村上春樹は精力的に彼の作品の翻訳を手掛けました。カーヴァーの作品…

【眠り】(TVピープルより)

さて、テレワークの合間にリビングを覗くと、ソファーに寝そべって午後のワイドショーを楽しんでいる妻の後ろ姿。結婚して16年。専業主婦の妻はたまに訳の分からないイライラをまき散らす以外は特段悩みもない様子で・・・ん?訳の分からないイライラ⁉ いやいや…

【ゾンビ】(TVピープルより)

子供の頃に見た映画『ゾンビ』。生前の記憶と理性を失った死者たちの蘇った姿は醜く、動きはぎこちなく、哀れなモンスターそのものです。現代の感覚でその映画を振り返ると、死者を冒涜する描き方は少しやり過ぎな感じもしますが、醜く哀れなものの筆頭のイ…

【加納クレタ】(TVピープルより)

本作に登場する加納マルタとクレタ姉妹から私が連想するのは、当時も今も美人ユニットの叶姉妹です。お二人がTVで活躍されている姿を拝見するたびに、私はこの作品を思い出します。 《あらすじ》 私の名前は加納クレタ。姉のマルタの仕事を手伝って暮らして…

【我らの時代のフォークロア―高度資本主義前史】(TVピープルより)

本作は、終焉したはずの恋愛が、時を経て成熟した二人の前に現れ、再び離別が繰り返される、という哀しくも静謐な情景を描いた作品です。全体的な構成としてはフィッツジェラルドの名作『冬の夢』*1の影が感じられます。 《あらすじ》 高校時代の同級生に、…

【飛行機―あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか】(TVピープルより)

本作は初期の短篇『バート・バカラックはお好き?』の続編のような趣の作品です。先にご紹介したときは小説における《テーマ主義の問題》について取り上げましたが、今回もそれに関連する内容となります。このような読み方に興ざめしていまう方もいるかもし…

【TVピープル】(TVピープルより)

作品集『TVピープル』では、主人公が社会問題に直接関与していく様子が描かれます。この作品以前は、ほどよい距離感を保ちながらクールに論じるスタンスでしたが、ここでは当事者として問題と対峙することで得体の知れない《恐怖と暴力》が出現します。その…

【マイ・ロスト・シティー】(マイ・ロスト・シティーより)

わずかのあいだ、というのは私がそんな役まわりには向いていないということがはっきりするまでだが、私は時代の代弁者というのみならず、時代の申し子という地位にまで祀り上げられてしまった。私がである。 本作は実話に基づいたフィッツジェラルドのエッセ…

【アルコールの中で】(『マイ・ロスト・シティー』より)

1940年12月21日にフィッツジェラルドは心臓発作でこの世を去ります。44歳の生涯でした。アルコール依存が進み健康状態が悪化した彼のそばに最後まで寄り添っていたのは愛人のグレアム。彼女の献身によって、フィッツジェラルドは死の直前まで執筆に情熱を注…

【失われた三時間】(マイ・ロスト・シティーより)

1930年代後半に入ると、フィッツジェラルドは借金返済と娘の学費稼ぎのために、映画会社と脚本家契約をしてハリウッドに移住しています。療養が続く妻のゼルダとは疎遠になる一方で、シーラ・グレアムという女性と運命的な出会いをしています。その後彼女の…