村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【シェエラザード】(『女のいない男たち』より)

Amazonより 本作は、謎の事情を抱えて潜伏する男と「連絡係」として彼の世話をする女の話です。物語の主人公は、女性信者に支えられながら2か月間の逃亡生活を送った地下鉄サリン事件の実行犯である林泰男を彷彿とさせます。 『前世はやつめうなぎ』 羽原(…

【⑥治癒】(『巨大なラジオ/泳ぐ人』より)

Amazonより 人生における中間点やピークを指して「人生の正午」と呼ぶとき、それは、過去の経験を振り返り、未来の方向性を見極めるための転換期を意味します。本作は、そんな「人生の正午」の人物が遭遇した不思議な話です。 『私にかまうな!』 それはある…

【⑤バベルの塔のクランシー】(『巨大なラジオ/泳ぐ人』より)

Amazonより 《愛は負けても、親切は勝つ》という言葉を残したのは、アメリカの作家カート・ヴォネガットです。愛や正義は時に失敗や挫折に直面することがあるのに対して、親切や思いやりは軽やかに情勢を打開するという考え方です。本作は、ある善意の人物が…

【④トーチソング】(『巨大なラジオ/泳ぐ人』より)

Amazonより 本作は、どうしようもないダメ男ばかりに惚れて破局を繰り返す女性と、彼女を陰ながら見守る男がたどった不思議な話です。タイトルの『トーチソング』は主に1930年代に流行した片思いや失恋の気持ちを歌った流行歌。物語を包み込む純真無垢な旋律…

【独立器官】(『女のいない男たち』より)

Amazonより 本作は、都会の片隅で情事を楽しんできた男が、食べ物も喉を通らなくなるほどの痛切な恋に落ち、その結果自らを死に追いやることになってしまった話です。 『渡会医師の恋』 美容整形外科医の渡会(トカイ)と「僕」は趣味のスカッシュを通じて知…

【③サットン・プレイス物語】(『巨大なラジオ/泳ぐ人』より)

Amazonより ジョン・チーヴァーの作品はカフカ的手法が取り入れられているところに特徴があります。それは非現実的な要素を通じて、読者が現実の深層に触れたり幻想的な雰囲気のなかで思いを巡らせたりする効果を生んでいます。今回はサットン・プレイスに暮…

【②ああ、夢破れし街よ】(『巨大なラジオ/泳ぐ人』より)

Amazonより 1950年代の雑誌「ザ・ニューヨーカー」は、サリンジャー、カポーティー、オコナー、そしてチーヴァーといった面々によってアメリカ短編小説の黄金時代を築きました。そんな時代の勢いに乗って異彩を放ってきたジョン・チーヴァーの作品を引き続き…

【①巨大なラジオ】(『巨大なラジオ/泳ぐ人』より)

Amazonより アメリカ短篇小説の名手と言われたジョン・チーヴァーの作品をご紹介します。チーヴァーはニューヨーク近郊に暮らす中産階級の人々の人生の悲哀を描きました。細部を緻密に描写するそのタッチ。リアルな日常がいつしか幻想に代わる構成力。彼の作…

【イエスタデイ】(『女のいない男たち』より)

Amazonより 『イエスタデイ』の替え歌が話題になった作品です。その歌詞は示唆的要望を受けて雑誌掲載時から大幅に削られてしまい残念ですが、以前の出だしを少しだけご紹介。 昨日は あしたのおとといで おとといのあしたや それはまあ しゃあないよなあ 『…

【⑩そこに浮かぶ真実】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより 本作は就職口を求めて怪しげな仲介屋と手を組んだ娘の物語です。奇想天外から落ちて来る滋味豊かな世界を描いてきた短編集の最後の作品をご紹介します。 『あいつはのしあがっていく』 車上生活を送る正体不明の仲介屋。娘はその仲介屋の手練手管…

【⑨そのとき私たちはみんな、一匹の猿になってしまった】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより 本作はニューヨークの下町で毒ガスを開発するオタク青年を主人公にした物語です。時代の証言者グレイス・ペイリーは、若者たちの間に生まれた狂気を書き留めます。 その青年は父親の経営するペットショップで働くぱっとしない男でした。しかし、…

【ドライブ・マイ・カー】(『女のいない男たち』より)

Amazonより 短編集『女のいない男たち』の冒頭に収録されている作品をご紹介します。本作は濱口竜介監督によって映画化され、アカデミー賞国際長編映画賞を受賞しました。 『口数の少ないドライバー』 通常であれば家福は女性の運転する車に乗ることを好みま…

【⑧長くて幸福な人生から取った、二つの短くて悲しい物語】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより 本作はグレイス・ペイリーの「フェイス・シリーズ」の第一作です。主人公のフェイスにはリチャードとトントという二人の息子がいて、彼女のパートナーは元の夫、新しい夫、ボーイフレンドなどその時々のシチュエーションで入れ替わります。記念す…

【⑦変更する事のできない直径】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより 本作は個性的なグレイス・ペイリーの作品のなかでも、取り分けぶっとんだ内容になっています。不条理な小説世界に込められた寓意を探って行きたいと思います。 エアコン設置業者のチャールズは、仕事で訪れた家で未成年のシンディーという魅力的…

【ズーイ】(『フラニーとズーイ』より)

Amazonより 先の『キャッチャー・イン・ザ・ライ』で社会の欺瞞に対して「ノー」を突き付けたJ.D.サリンジャーは、本書『フラニーとズーイ』では、若者たちの未来に向けて渾身の「イエス」を絞り出しています。世代を超えて読み継がれるイノセント・ストーリ…

【フラニー】(『フラニーとズーイ』より)

Amazonより 『フラニーとズーイ』は、J.D.サリンジャーのライフワークであるグラス家の七人兄弟姉妹の物語のひとつです。末娘のフラニーと五男のズーイに焦点をあて、若者たちが自己を探求し、社会とのかかわりについて向き合う姿が描かれていています。 最…

【⑥人生への関心】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより 本作は以前このブログでご紹介した『道のり(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)』の別バージョンです。前作でミセス・ラフタリーから語られたのとほぼ同じ内容がジニーの側から語られています。 簡単におさらいを。ミセス・ラフタリーの息…

【大いなる眠り】

Amazonより 本書はレイモンド・チャンドラー初の長編小説であり、私立探偵マーロウ・シリーズの記念すべき第一作目です。ハードボイルドと推理小説の融合という手法を試みた画期的な作品でもあります。 《あらすじ》 私立探偵フィリップ・マーロウは、スター…

【⑤コンテスト】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより グレイス・ペイリーは同時代を生きる男女の姿を独創的なスタイルで語る方法を模索して本作を含む3つの作品*1を書きあげました。そうした創作を通じて、彼女は「文学の耳」と「生活の耳」の両方を手に入れたと言います。二つの耳が聞き取る身近な…

【④いちばん大きな声】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより グレイス・ペイリーは、ニューヨーク生まれブロンクス地区育ちのロシア系ユダヤ人です。ブロックスはユダヤ人のコミュニティー地区で、ロシア語とイディッシュ語と英語が同じくらいの割合で話されていました。彼女自身強烈なアクセントの英語を話…

【③淡いピンクのロースト 】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより グレイス・ペイリーは作家活動以外にも公民権運動、フェミニズム運動、環境保護活動などの政治活動で知られています。ヴェトナム反戦運動では何度も逮捕されるうちに知名度を上げ、難解とされる彼女の作品もカリスマ的な人気を獲得していきます。…

【プレイバック】

Amazonより 本書はレイモンド・チャンドラーが描く《私立探偵マーロウ・シリーズ》の七作目にして遺作となった作品です。かつて角川映画『野生の証明』のキャッチ・コピー『タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない』が話題になり…

【②若くても、若くなくても、女性というものは】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより グレイス・ペイリーは子育ての合間に短編小説を書き、いろんな雑誌に送りました。しかし、当初はアマチュア主婦の書いた習作とみなされ、ことごとく掲載は拒否されたといいます。たまたまある編集者の目にとまり、37歳の新人作家のしかも雑誌に一…

【①さよなら、グッドラック】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより 今回からアメリカ文学界のカリスマ的存在グレイス・ペイリーの作品を取り上げていきます。本ブログでは、過去に彼女の短編集『最後の瞬間のすごく大きな変化』をご紹介しましたが、アメリカでの刊行は本書の方が先で、彼女にとって初めての作品集…

【色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年】

Amazonより 村上作品の特徴は、日常を飛び越えて幻想的な世界に引き込む「つかみ」の強さにあります。読者はその不思議な読書体験を通じて、あたかも日常の矛盾や不条理さえもが解き明かされたような気分を味わうことができるでしょう。 今回ご紹介する作品…

【⑨頼むから静かにしてくれ】(『頼むから静かにしてくれⅡ』より)

Amazonより 【カーヴァー・カントリー】 レイモンド・カーヴァーが文学史において重要とされる理由は《カーヴァー・カントリー》を発見したことにあります。村上春樹はそれについて次のようにコメントしています。 どこにでもいるごく当たり前の、そして良心…

【⑧合図をしたら】(『頼むから静かにしてくれⅡ』より)

Amazonより 今回ご紹介するのは、妻の誕生日に新しくできたエレガントなレストランへ出かけた夫婦の話です。夫婦仲を立て直そうとする夫と、それにあまり乗り気ではない妻のビミョーな関係が描かれます。 『すべてはあなた次第よ』 「我々はこういう機会をも…

【⑦何か用かい?】(『頼むから静かにしてくれⅡ』より)

Amazonより カーヴァー作品には、70年代のアメリカの労働者階級の困窮がリアルに描かれています。村上春樹はそれについて『それまでのアメリカ文学においてはほとんど描かれなかったものだし、もし描かれたとしても教条主義的な色彩を帯びたものに限定されて…

【⑥自転車と筋肉と煙草】(『頼むから静かにしてくれⅡ』より)

Amazonより 初期のカーヴァーの作品にはもっぱらシンプルな表現が用いられ、余分な説明が省略されているところに特徴があります。それは読者に物語の隠された部分を推測させ、想像力をかきたてる効果を狙ったものです。今回もその魅力の一端を感じていただけ…

【⑤こういうのはどう?】(『頼むから静かにしてくれⅡ』より)

Amazonより レイモンド・カーヴァーの短編集『頼むから静かにしてくれ』に収録された作品を引き続きご紹介します。 カーヴァーが創作活動をしていた頃は、短篇小説は長篇小説に比べて軽く見られる面があったと言います。彼自身、生涯を通じて長篇小説を書け…