村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【⑥人生への関心】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより

 本作は以前このブログでご紹介した『道のり(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)』の別バージョンです。前作でミセス・ラフタリーから語られたのとほぼ同じ内容がジニーの側から語られています。

 

 簡単におさらいを。ミセス・ラフタリーの息子ジョンは妻子を持つ身でありながら、夫に去られ4人の子供を抱えて生活に困窮する幼なじみのジニーと深い仲になってしました。ジョンとジニーの会話からこの短編集のタイトル『人生のちょっとした煩い』がつけられているのですが、短編集を代表するだけでなく、作者が追い続けるテーマが伺えます。

 

『人生のちょっとした煩(わずら)い』

 ある日ジニーは、テレビ番組『リッチになろう(経済的に困っている人々をスタジオに招き、クイズの正解に応じて現金をプレゼントする番組)』に出演しようと思い立ち、自分が抱えるトラブル・リストを作成する。しかし、それを見たジョンは彼女にこう言い放った。

 

「君だってあの番組を見たことはあるだろう?ここに書かれているのは、つまり『人生のちょっとした煩い』みたいなものでしかない。でもあの人たちはね、それこそとことん苦しんでいるんだよ」、彼はそう言って、私のリストに向って、小馬鹿にしたようにひらひらと手を振った。

 

 ジニーの番組出演は必ずしもジョンの援助の価値を損なうものではないのに、そこに潜む下心へのうしろめたさからか彼は彼女を引き留めにかかった。ひょっとすると、ジニーは番組に出演する気などはじめから無かったのかも? いずれにせよ、ジョンからの生活支援を一層確かなものにするために、このトラブル・リストが役立つ結果となった。

 

【物語の力】

 ペイリーのタッチが辛辣なためか、物語に登場する人々の生きざまは、どれもこれもおぼつかないものに見えます。生活に余裕なく、将来の展望なく、目先の利害に流される彼らが抱えるトラブルを『人生のちょっとした煩い』と言っていいのか分かりませんが、それはとりもなおさず私たちの日々の現実を率直に映し出しています。

 

 物語の終盤には、ほのぼのとしたエピソード(実は夢オチ)も添えられます。私は彼女の小説を読んでいると、自分自身の記憶と重なる宿命的な結びつきみたいなものを感じとることがあります。傍から見れば『深読みのちょっとした勘違い』でしかないと一笑に付されるのかもしれませんが。

 

 ただ、誤読や錯覚を伴いながらも、登場人物と同じ心境を重ねる記憶の刷り込みによって、過去のトラウマや、生き辛さのバイアスを書き換えてきたのも事実です。私にとって《物語の力》とはそういうものであり、この先もその恩恵に浴していきたいと思います。ブログを通じて同じ思いを感じてもらえたら嬉しいです。

 

 さて、2023年も残すところあとわずかとなりました。今年の収穫と言えば、ブログを書き上げるスピードが速くなり、たまにまともな文章が書けるようになってきたこと(^^;) そんなこんなで今年の投稿はこれにて終了します。一足お先にメリークリスマス!🎄 そして良いお年を!!🎍