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本書はレイモンド・チャンドラー初の長編小説であり、私立探偵マーロウ・シリーズの記念すべき第一作目です。ハードボイルドと推理小説の融合という手法を試みた画期的な作品でもあります。
《あらすじ》
私立探偵フィリップ・マーロウは、スターンウッド将軍から次女カーメンへの強迫を解決するよう依頼を受けた。謎の書店のいかがわしいビジネスの解明に強迫屋との危険な駆け引き、痴情のもつれが引き起こす銃撃事件。マーロウはロサンゼルス近郊を車で駆け巡って腐敗と陰謀のからくりを突き止めるが・・・
『好きでやってるわけじゃありません』
「好きでやってるわけじゃありません」と私は言った。「しかしそれ以外に何ができるというんです? 私は依頼を受けて仕事をしています。そして生活するために、自分に差し出せるだけのものを差し出している。神から与えられた少しばかりのガッツと頭脳、依頼人を護るためにはこづき回されることをもいとわない胆力、売り物といえばそれくらいです」
九死に一生を得たあとで平然と放たれたマーロウのセリフ。この後、長女ヴィヴィアンの夫リーガンの失踪について疑問を抱くと自らの判断で捜索を再開する。カジノ経営の裏で手を結ぶヤクザと警察に殺し屋との決死の攻防。向こう見ずな正面突破で危機を乗り越える彼が最後に掴んだ真実は驚くべきものだった。
【20世紀の名著】
1888年にシカゴに生まれたレイモンド・チャンドラーは、記者などの職を経て第一次世界大戦に従軍。その後、石油会社の役員になるが、私生活の問題で解雇され作家に転身します。1933年にパルプ雑誌で作家デビューを果たし、淘汰の激しいその世界で研鑽を積みました。
パルプ雑誌の稿料は安価で、質より量がモットーとされる世界。編集方針の縛りに見切りをつけた彼は、一念発起して書き下ろしの長篇作品に挑みます。過去に書き溜めたモチーフを寄せ集めて3ヶ月という短期間に書き上げたのが本書です。束縛から解き放たれた文章は生き生きとして、登場人物の描写には個性と奥行きが備わったと訳者の村上春樹は評しています。歴史に残る名著*1はこうして誕生しました。
本書を発表したときチャンドラーはすでに51歳。生活費を稼ぐために始めた作家稼業でしたが、苦労して独学で文体と物語を作り上げてきたおかげで唯一無二の世界観に到達することが出来ました。大仕事をやり終えたあとのマーロウのセリフ『好きでやってるわけじゃありません~』は、チャンドラー自身の不屈の闘志が滲み出たものではないでしょうか。
ところで、複雑な筋書きに紛れて目立ちませんが、スターンウッド家のお抱え運転手テーラーの殺人事件は未解決のまま物語は完結しています。作者自身も口をつぐんだまま。後の映画化で主演となったハンフリー・ボガードは、そのシーンについて尋ねられると「俺だって知らねえよ」と答えたとか(笑)
名作は後世に影響を及ぼすといいますが、本書は小説のみならずテレビや映画を席巻し、果ては原作を知らない人々にまで幅広くインパクトを与えました。司法捜査を巡るヒリヒリするほどのリアリティ、凡百の探偵物に対するアンチテーゼ、複雑不可解なんのその! 時代を切り開いた歴史的名著!! これを読まなきゃ始まらない!!!