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本書はレイモンド・チャンドラーが描く《私立探偵マーロウ・シリーズ》の第七作目であり、彼の遺作となった作品です。かつての角川映画『野生の証明』のキャッチフレーズ『タフでなければ生きていけない。優しくなければ生きている資格がない』は、マーロウの決め台詞が元になっています。
《あらすじ》
私立探偵フィリップ・マーロウは、弁護士のアムニーから、特急列車から降りてくる女性を尾行する依頼を受けた。その女はエレナー・キング、別名ベティー・メイフィールド。マーロウは彼女が恐喝されていることを知る。恐喝男との危険なファイト、エレナ―とのロマンス、恐喝男の変死事件とその死体の消滅といった複雑な状況に巻き込まれる。それは、まるで筋書きのない追跡劇のように思われたが・・・
『君はただのおとりに過ぎなかった』
「もちろん娘は列車の中で見張られていた。君が相手にしているのは間抜けの集団じゃないんだ。君はただのおとりに過ぎなかった。彼女に共犯者がいるかどうかを見定めるためのおとりだった。君の評判からして―――実際にそのとおりだったが―――君はきっと派手に振舞って、相手に自分の存在を気づかせるに違いないと踏んだのだ。」
訳も分からず罠にはめられたことを知ったマーロウは、依頼を打ち切り、ロサンジェルスを後にしてオーシャンサイドに向かう。彼の内なる声は依頼のことなど忘れて、家でおとなしくしてろと告げている。たとえ真相を追求したとしても、見返りは期待できない。しかし、彼は尾行対象のエレナ―を新たな依頼者に据えて、再び現場に復帰した。
【謎を秘めた作品】
チャンドラーの創作の拠点ははロサンゼルスでした。妻のシシーは慢性気管支炎を患っていて、彼は家事の合間に作品を執筆していました。しかし、1954年にシシーが亡くなると、チャンドラーは酒に溺れ、自殺未遂を図り、複数の女性に求婚するなど、常軌を逸した行動を取るようになります。執筆も困難を極めましたが、1958年にようやく最後の作品である本書を発表することができました。
本書は謎が多い作品です。物語の本筋とは直接関係のないプロットも散見され、その評価も芳しくなかったようです。しかし、物語の舞台となる架空の町エスメラルダには、チャンドラーが暮らした町サン・ディエゴの風景が克明に刻まれています。もしかしたら、これらの寄り道には、チャンドラー自身の個人的な思い出が込められているのかもしれません。
村上春樹の初期の作品群には、本書のほぼすべてのプロットが引用されていることをご存じですか。彼はチャンドラー作品へのリスペクトを公言していて、やはり本筋とは無関係な場面で引用するという《チャンドリアンの正統(?)》を守っています。また、実際に目にした風景を物語に取り込む手法も忠実に継承しています。
結論として、本書はチャンドラー初心者にはおすすめできません。また、結末が拍子抜けだの、詰めが甘いだのぬかすやつらはお断り。謎を謎のまま突き放す乾いた文体に、成熟した男の理想像を求め続ける独自の世界観! 軟弱者を寄せつけない、顎の強さを要する本格派!! これぞハードボイルドの神髄!!!