村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

2022-01-01から1年間の記事一覧

【①ワールズ・エンド(世界の果て)】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

今回から9回にわたってポール・セローの短編をご紹介します。長期連載となるので隔回ごとに別の村上作品を挟みながら、気長に続けていきたいと思います。また、進捗が分かるようタイトルに通し番号を付けておきます。 本書は「異郷のトンデモ話」を収めた短…

【熊を放つ(第3章・動物たちを放つ)】

本稿の「第3章・動物たちを放つ」で本書は大団円を迎えます。私の積年の課題もこれでようやく解決です。なぜなら、本書のモチーフは初期の村上作品に何度も引用されており、ここを通らずして『自称 村上主義者』を名乗れない要所だからです!それでは、60年…

【熊を放つ(第2章・ノートブック)】

『熊を放つ』第2章では、ジギーの動物園偵察記と自伝が交互に語られます。この二つの文章が『動物園破り』の根拠となるのですが、初読の時は読み通すだけで精一杯。なぜなら、「旧ユーゴスラビア史」という世界史のなかでもマイナーな史実がふんだんに登場…

【熊を放つ(第1章・ジギー)】

アメリカ文学を代表するジョン・アーヴィングのデビュー作をご紹介します。発表当初から評価が高く、作品の舞台であるドイツ語圏に翻訳されるやたちまちベストセラーに。本邦では村上春樹を中心に6人の翻訳チームが組まれて刊行に至っています。 訳者あとが…

【⑰長距離ランナー】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

ここまでのペイリーの作品を振り返ってみると、前半の作品①~⑧では社会的に孤立する人々の困難な状況に光をあてました。後半の作品⑨~⑯では正義や権利を強引に主張する盲目性や、弱者への無関心を警告しました。いずれにしても、ペイリーは弱者の視点で社会…

【アフターダーク】

本書は、部屋に閉じこもって眠り続ける姉と、そのことに思い悩む妹の物語です。妹は夜の裏街をさまよい、人々とのふれあいを通じて人生の哀歓を味わいます。 作者が感銘を受けたというロベール・アンリコ監督の映画『若草の萌えるころ』へのオマージュでしょ…

【⑯移民の話】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

本作には男女の会話のすれ違いが描かれ、いかにもグレイス・ペイリーらしい政治的な発言が飛び交います。前回⑮では「他者との会話」が人の理性を良い方向に導くと書いたものの、保守とリベラルの対立が深刻化するアメリカ社会は、会話そのものが困難を極めて…

【海辺のカフカ(下)】

先の『海辺のカフカ(上)』では、『父を殺し、母と姉と交わる』と予言された少年の受難が描かれました。彼は機能不全家族の影響と思われる解離性障害により予言を疑似体験してしまいす。それはまるで、ポストモダン思想の文脈に掲げられた「エディプス・コン…

【⑮父親との会話】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

グレイス・ペイリーは本書のエピローグで、作品に登場する父親について次のように語っています。 『どのような物語の中に居を構えていても、彼は私の父である、医学博士にして、画家にしてストーリーテラー、I・グッドサイトです』 今回ご紹介する作品は、彼…

【海辺のカフカ(上)】

本書は【カフカ少年】と【ナカタ老人】の各章が交互に進行し、互いに呼応しながら一つの物語を形作っていく構成です。先に発表された『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で同様の手法が用いられていることをご存じでしょうか。 以前このブログで…

【⑭リトル・ガール】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回はグレース・ペイリーが書いた《民間伝承もの》です。これまでにはなかった残虐な描写が登場しますが、そこには本書のテーマを追求するうえで、避けられない理由があるようにも感じられます。 《あらすじ》 黒人のカーターは公園で家出少女をナンパし、…

【バースデイ・ガール】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

本作は村上春樹自身が短編集『バースデイ・ストーリーズ』のために書き下ろした作品です。国語教科書に採用されていますが、派手なイラストで単行本化されたのを記憶している方も多いのではないでしょうか。本短編集が英語圏で刊行された時には、「人生と幸…

【⑬ノースイースト・プレイグラウンド】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回は作者のグレイス・ペイリー自身をモデルにした『フェイスもの』です。彼女の作品はアメリカ人にとっても簡単に吞み込める文体ではなかったようです。20世紀を代表する女性作家と呼ばれた彼女が、かつてはアメリカ文学界において理解されない時期があっ…

【ライド】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

著者のルイス・ロビンソンは、この短編集に作品が選定された当時は30歳を過ぎたばかりの若手作家でした。サザビー専属ドライバーやウニ取り潜水夫、トラック運転手などを経て、現在はメイン大学の教員を務める異色の経歴の持ち主です。親友、恋人、親子など…

【⑫政治】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

ペイリーの短編集と誕生日アンソロジーを交互にご紹介しているうちに、アメリカ文学専科の様相を帯びてきたので、改めてブログの趣旨を確認しておきます。このブログは、村上春樹の長編・短編・翻訳作品及び関連する創作活動の一つ一つをすべて紹介するとい…

【波打ち際の近くで】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

作者のクレア・キーガンは、本短編集に選定された中ではもっとも若い世代に属します。ポストモダン文学の影響を脱した次世代の作家として、彼女の作品をご紹介します。 《あらすじ》 青年は大学の夏休みに海辺に建つ建物のペントハウスで過ごしている。義理…

【⑪最後の瞬間のすごく大きな変化】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回は本書の表題になった作品のご紹介です。作品の理解を深めていただくために、途中で少しだけ60年代の時代背景の解説を差し挟みます。社会活動家でもあるグレイス・ペイリーならではの歯ごたえのある世界観をご一緒に味わってみませんか。 《あらすじ》 …

【風呂】(『バースディ・ストーリーズ』より)

本作はミニマリズムの旗手として知られるレイモンド・カーヴァーの代表作です。彼の作品は鋭い観察力と最小限の描写で私たち読者の想像力を刺激します。このような誰も真似出来ない作風の登場以来、時代の先端を意味する《ポストモダン文学》を自認する作品…

【⑩重荷を背負った男】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回ご紹介する作品には《合理主義》に取り憑かれた男が登場します。ここでいう《合理主義》とは実利や効率を最優先する行動原理を指します。私には男がアメリカ社会に時折現れる「保守反動」を象徴しているように感じられます。 《あらすじ》 その男は金銭…

【バースディ・プレゼント】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

作者のアンドレア・リーはアフリカ系アメリカ人女性で、ハーヴァードで修士号を取得し、20代の若さで発表した作品は名誉ある全米図書賞にノミネート。イタリアの伯爵と結婚し、二人の子どもをもうけ、現在はトリノ暮らしです。モデルと見紛う美貌の持ち主で…

【⑨サミュエル】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

グレイス・ペイリーが描く作品には、ニューヨークの小さなコミュニティーを舞台にした『勝利と敗北の日々』が描かれています。また、イディッシュ語*1のリズムがその文体の特徴とされますが、残念ながら翻訳文からそれを感じとることは出来ません。生活感漂…

【慈悲の天使、怒りの天使】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

作者のイーサン・ケイニンはハーヴァード大学で医学博士号を取得した経歴をもつ異色の小説家です。彼の書く物語は華々しさはないものの誠実で端正な雰囲気をもつ正統派。80年代に登場したヒップな作家たちとは一線を画していると言われています。 《あらすじ…

【⑧木の中のフェイス】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

グレイス・ペイリーの文章を受け入れるには『いささかの顎の強さが必要とされる』と村上春樹は語っています。今回ご紹介する作品はまさにその通りで、次々に現れる登場人物の込み入った人間関係と時代背景を理解するために、何度も読み返すことになりました…

【永遠に頭上に】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

作者のデイヴィッド・フォスター・ウォレスはニューヨーク出身の作家で、挑発的な文体と内容で注目を集め、ポストモダン文学の旗手の一人と呼ばれました。また、オタク気質を抱えながら若者達を指南する伝説的スピーチを残すなど、一筋縄でいかない人物でも…

【⑦来たれ、汝、芸術の子ら】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

『来たれ、汝、芸術の子ら』は英国の女王メアリー2世の誕生日を記念して作曲されました。清々しい朝にふさわしい明るい雰囲気の名曲です。ところが本作ではその曲の登場に先だって、朝の寝床で夫が妻に語りかける愚にもつかない会話から始まります。 《あら…

【ダイス・ゲーム】(『バースディ・ストーリーズ』より)

作者のポール・セローは旅行作家として名を成した人物です。村上春樹はよほどこの方と縁があるのか、この後も彼の短編集に加えて彼の息子の作品まで翻訳しています。世界中を飛び回った体験から紡ぎ出される奇想天外な物語。今回はその一端を垣間見る本作を…

【⑥生きること】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回ご紹介する作品はグレイス・ペイリー作品を特徴づけている「フェイスもの」です。意味深なタイトルなのでじっくりと読み始めたのですが、そうした思いは作者の策略によってあっけなくかわされました。文学理論も文芸トレンドもどこ吹く風。ペイリーが描…

【皮膚のない皇帝】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

作者のリンダ・セクソンはモンタナ州立大学の教授兼作家。どちらかというと小説よりも宗教学の哲学、思想の面で功績をあげている人物のようです。彼女の経歴紹介には、村上春樹によって日本語に翻訳されていることが輝かしい実績として記されています♡ 《あ…

【⑤陰鬱なメロディー】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

訳者の村上春樹はグレイス・ペイリーの書く小説について『知的でソフトなエニグマに満ちた作品』であると語っています。その難解な暗号を読み解くことは何ものにも代えがたい喜び!となるはずでしたが、今回は正直かなり悪戦苦闘しました。この空中分解すれ…

【バースデイ・ケーキ】(『バースディ・ストーリーズ』より)

作者のダニエル・ライオンズはアメリカのTV放送局HBOの脚本家兼プロデューサー兼小説家です。本作は1993年に発表された短編集に収録されています。この奇妙な読み応えの作品が、アメリカの読者に受け入れられている理由について考えてみました。 《あらすじ…