作者のアンドレア・リーはアフリカ系アメリカ人女性で、ハーヴァードで修士号を取得し、20代の若さで発表した作品は名誉ある全米図書賞にノミネート。イタリアの伯爵と結婚し、二人の子どもをもうけ、現在はトリノ暮らしです。モデルと見紛う美貌の持ち主でもあり、作品以上に彼女の魅力に惹かれると言われるほどの正真正銘のセレブです♡
《あらすじ》
忠実で伝統的なアメリカ人の妻が、ブルジョア・イタリア人の夫に高価な誕生日プレゼントを思いついた。それは夫に2人の高級なミラノのコールガールとの夜を与えるというアイデア。結婚生活に忍耐と献身が求められる上流階級社会を舞台に一人の女性の数奇な生き方が描かれる。
『曇りなき女性的直感』
自分がこのようなバーデイ・プレゼントを夫に贈る動機が、エイリエル自身にももうひとつよく掴めていなかったにせよ、曇りなき女性的直感によって、自分がその天使並みに美しい二人の若い娼婦と同じ舞台に登るのが賢明ではないというくらいはわかった。
その計画が進むにつれ、エイリエルは自分が本当に求めているものが何なのか気付く。この地で部外者として振る舞い続けなければならないという意識がもたらす孤独を癒してくれるのは、同じく異国からやってきた若き娼婦ベバ以外にいない。
【上流階級社会】
欧州における「上流階級」のイメージは単なる金持ちではなく、司法、立法、軍事、行政を統治してきた支配階級です。彼らの美意識は国民の趣味趣向を形づくり、彼らの礼儀作法は社会の行動規範を作り上げてきました。共和制が広く浸透していく中で支配階級の身分は解体されましたが、伝統の担い手としての「上流階級」は今でも健在と言われています。
本作中にある『田舎の改築された農家に家族とともに住んでいる』という記述は、伝統的な地主邸宅を模した《カントリー・ハウス》で貴族的な生活を営んでいることを意味します。結婚前に洒脱なアメリカ生活を送っていた主人公が、セクハラやパワハラ・差別意識が公然と存在する荒々しい上流階級社会を、持ち前の有能さでサバイバルしていく姿が描かれています。
最終的に彼女が若き娼婦に求めたものがその肉体なのか、精神なのか、あるいはその両方なのかは判然としません。しかし、いずれにしてもこの並外れた女性の心理に共感できるのは一握りの選ばれた読者ではないでしょうか。私は《ドミナント・マイノリティ(支配的少数者)》のリアルを記録した本作の迫力に怖気づくばかりです。
こうした従来の小説作法を逸脱した作品群は、モダンやポストモダンといった文学の枠組み自体を無効にしていったとされています。そのことを決定づけたのがレイモンド・カーヴァーの作品だと言われているのですが、この続きはいずれまた。