村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【③嘘つき】(『頼むから静かにしてくれⅡ』より)

Amazonより

 本作はカーヴァーの短編の中ではめずらしく書簡体で描かれた作品です。知事選に当選した息子について母親の不安と心配が切々と綴られています。母子家庭の下で育ったその息子は、15歳のある夏の日を境に、別人格に変わってしまったと彼女は言います。

 

『どうしてなの、坊や?』

あの子は、時折感情を爆発させることと、本当のことを口にできないことを別にすれば、良い子供でした。どうしてそういう風になってしまったのか、私にも理由らしい理由をあげることはできません。それが始まったのはある夏のことです。

 

愛がっていた飼い猫に爆竹を仕掛けている息子の姿を隣人が目撃した。しかし彼は何食わぬ顔でしらを切る。それを事はじめに、彼は手あたり次第に嘘をつきまくった。学業も人望も秀でた誇るべき息子が、どうしてそんな嘘をつくのか。そこにいったいどんな得があるというのか。理由がわからず途方に暮れる彼女は問いかける。『どうしてなの、坊や?』

 

【対話なき理性】

 息子に対する母親の問いには、政治家の偽善性に対する風刺が込められています。どれほど徳の高い政治家が国を治めたとしても、その過程が隠蔽され、対話の余地がなければ、この母親のように人々は不安や心配を抱えながら暮らすことになるのでしょう。

 

 アメリカ社会では伝統的にエリート層に批判的な反知性主義が定着していて、大衆の側に立つリーダーが支持される傾向にあります。カーヴァーの作品も基本的にはその流れを汲んでいますが、よほど政治家に対する個人的な恨みがあったのか、それとも書簡体という形式に気持ちが弾んでやり過ぎたか。ありとあらゆる嘘をつきまくる息子の描写にはすさまじいものがあります。いずれにせよインパクト抜群の怪作でした。