村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

2022-01-01から1年間の記事一覧

【④午後のフェイス】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

本作から作者グレイス・ペイリー自身を投影したと思われる主人公に『フェイス』という名前が付きます。ただし、1人称で語られていた文章は途中から3人称に、さらに登場人物たちが次々と割り込んで独自の主張を繰り広げ、物語はにぎやかな〈ポリフォニー*1〉…

【ティモシーの誕生日】(『バースディ・ストーリーズ』より)

本作を書いたウィリアム・トレヴァーはアイルランド出身の作家です。祖国の抱える複雑な事情を背景に、民族のアイデンティティと葛藤を描いてきたとされます。短篇の名手として高く評価され、ノーベル文学賞の候補に何度も名前が上がったと言われています。 …

【③道のり】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回ご紹介する作品には、自分の息子と既婚女性との不倫関係について申し開きする母親が登場します。彼女が弁明すればするほど隠れた事実が次々と露呈していきます。道義的な問題はこの際一旦脇に置いて、そのストーリーテリングの面白さを味わいたいと思い…

【ダンダン】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

本作を書いたデニス・ジョンソンは、アイオワ大でレイモンド・カーヴァー*1から教えを受けた作家です。暴力とドラッグに染まった現代アメリカ社会の暗部を精力的に描きましたが、その乾いた文体はカーヴァーのミニマリズムを彷彿とさせます。 《あらすじ》 …

【②負債】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回ご紹介するグレイス・ペイリーの2作目は、作者自身をモデルとしたシリーズのひとつです。物語には、まっとうな社会人としての義務を果たそうと考える一人の女流作家が登場し、家族史の編纂という気の進まない仕事に取り組むのですが・・・案の定、彼女のフ…

【ムーア人】(『バースディ・ストーリーズ』より)

村上春樹翻訳ライブラリーの『バースディ・ストーリーズ』から短編作品をご紹介します。本書は《誕生日》をキーワードに選定された英米文学のアンソロジーです。この多種多様な取り合わせを、村上春樹がどのような意図で構成したか最終的に考察しますのでお…

【①必要な物】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

グレイス・ペイリーという人をご存知ですか?彼女はアメリカの小説家、詩人、大学教授、フェミニスト、社会主義の政治活動家です。両親はウクライナから亡命してきたユダヤ人で、家庭内ではロシア語とイディッシュ語*1を話し、高校を中退して19歳で結婚する…

【映画:ドライブ・マイ・カー】

『映画:ドライブ・マイ・カー』をご紹介します。この作品は皆さんご承知のとおりアカデミー賞の国際長編映画賞の受賞作です。原作はもともとオバマ元大統領の一押し作品ということもあって、アメリカ国内では一定の評価を得ていたようです。映像化に際して…

【蜂蜜パイ】(『神の子どもたちはみな踊る』より)

今回は短編集に収められた最後の作品のご紹介です。ここに来て文体のリアリズムがぐんと増していることから、実は登場人物の淳平が先の五篇を創作したという意表を突いた筋書きもあり得ます。というわけで、本書の最後の考察をご一緒に。 《あらすじ》 兵庫…

【かえるくん、東京を救う】(『神の子どもたちはみな踊る』より)

『阪神・淡路大震災』は、東京に暮らす人々に首都圏直下型地震の到来を予見させました。ところがその直後に人々の足下を揺るがしたのは『地下鉄サリン事件』という別の惨劇でした。この二つの間に繋がりはありません。しかし、作者はこの二つの出来事にもっ…

【タイランド】(『神の子どもたちはみな踊る』より)

本作にはリゾート地としてのタイランドの魅力が伝わってきます。道路の真ん中を象が歩くというエキゾチックな街並みを想像しながらお付き合いください(^^)/ 《あらすじ》 甲状腺の専門研究員のさつきは、タイの学会を終えたあとも滞在を続けた。彼女は更年期…

【神の子どもたちはみな踊る】(『神の子どもたちはみな踊る』より)

今回は表題作のご紹介です。『神の子どもたちはみな踊る』は、ジャズのスタンダード・ナンバーから来ています。「しかめっ面なんかしてないで、歌って踊れば悩みなんて振り払えるよ!」と歌った黒人霊歌が原曲です。陽気なリズムをイメージしながら本作を読み…

【アイロンのある風景】(『神の子どもたちはみな踊る』より)

今回も奇妙なタイトルのついた作品のご紹介です。『アイロンのある風景』とは鹿島灘の小さな町に住む三宅さんが、阪神・淡路大震災の直後に描いた絵のタイトルです。「流木が燃える冬の海岸」「全てを一瞬で壊滅させた地震」「部屋の隅に置かれたアイロン」 …

【UFOが釧路に降りる】(『神の子どもたちはみな踊る』より)

今回から『神の子どもたちはみな踊る』に収められた6つの作品をご紹介します。いずれの作品も「1995年の2月の出来事」という設定なのですが、その年の1月に発生した阪神・淡路大震災に深くかかわり、3月に起こる地下鉄サリン事件を予見する内容になってい…

【スプートニクの恋人】

本書は『ノルウェイの森』以来の恋愛モノです。小説家志望の女性が登場し、過去の作品ではお目にかかれない可愛らしい文章も登場します。また、随所に小説指南や人生訓が挿入されていて、中期村上作品のエッセンスがギュッと詰まったお得な内容になっていま…

【殺人詩人】(『犬の人生』より)

14回にわたってご紹介してきた本書の最後の作品のご紹介になります。今回はこれまでのような「ちょっと変な感じ」を通り越して、「猟奇的な感じ」にまで踏み込んでいます。果たして殺人詩人が書いた詩集は芸術に値するのか? 作者であるマーク・ストランドは…

【ドロゴ】(『犬の人生』より)

ドロゴとはこの物語に登場する青年の名前です。詩人と思われる語り手の心象風景のなかに彼は現れて、言葉数少なめに詩人に詰問します。その相克は何を意味するのでしょうか? ドロゴの正体は何なのでしょうか? 残り少なくなった謎解きに引き続きお付き合い…

【ケパロス】(『犬の人生』より)

本作には、ギリシャ神話の『変身物語』に登場するケパロスをめぐる二つの物語が描かれています。一つ目は神話の舞台を現代に移した物語。二つ目はその後日談となるマーク・ストランド独自の創作です。久々にギリシャ神話に触れて、その自由で壮大な世界観に…

【ザダール】(『犬の人生』より)

ザダール*1はクロアチア中部の小さな港町で、ヨーロッパを代表する観光地と言われています。各種旅行代理店のHPを見ると、ローマ帝国時代の遺跡や中世に建てられた教会など、観光スポットが揃った魅力的な場所であることが分かります。今回ご紹介する物語に…

【ウーリー】(『犬の人生』より)

本作には自意識過剰な青年の破天荒なエピソードが記されています。そういえばかつての私の仲間内でも、さまざまな武勇伝が飛び交ったものですが、改めて振り返ればどれもこれもコケ脅し('ω') それはさておき、今回も私たちの想像力の斜め上を行くマーク・ス…

【ベイビー夫妻】(『犬の人生』より)

本作にはボブとベイブのベイビー夫妻のちょっと変わった一日が描かれています。初めて読んだときには、いくつものクエスチョンマークが私の頭に浮かびました。ベイビー夫妻とは何者か? 彼らはどこからやって来て、どこへ行こうとしているのか? 詩的なメタ…

【将軍】(『犬の人生』より)

本作に登場する『将軍』とはダグラス・マッカーサーのことを指していると思われます。私が彼についてまず思い浮かべるのは、コーンパイプをくわえて厚木基地に降り立つ姿。GHQ最高司令官として占領下の日本に君臨し、民主化政策を推し進めた人物です。朝鮮戦…

【二つの物語】(『犬の人生』より)

本作はタイトルに掲げられた通りⅠ、Ⅱと題された二つの物語で構成されています。Ⅰは牧歌的な雰囲気のロマンチックな物語。Ⅱは都会的な雰囲気のシュールな物語。二つの物語のあいだに直接的なつながりはありませんが、どちらもアッと驚く結末が待っています。 …

【犬の人生】(『犬の人生』より)

マーク・ストランドは1964年のデビュー以降、詩人として華々しい活躍を続けて来ましたが、1980年代の10年間は詩作を中断しています。《私詩》のあり方に疑問を持ち、表現形式を模索していたとも言われています。 今回はいよいよ表題作である『犬の人生』をご…

【水の底で】(『犬の人生』より)

私の妻は時々寝ているときに見た夢の話を聞かせてくれます。それは当人にとってはリアルで印象深いものらしいのですが。脈絡がなくオチもない話なので、私はいつも閉口しています(-_-;) さて、今回ご紹介する作品は詩人が語る夢の中の話です。案の定、脈絡も…

【大統領の辞任】(『犬の人生』より)

今回ご紹介するマーク・ストランドの作品は、かつてドリフのコントでお馴染みだった《もしもシリーズ》を彷彿とさせます。題して「もしも大統領が気象マニアだったら」。いかりや長介が最後に「だめだこりゃ」と言い出しそうな突拍子もない作品です。 《あら…

【小さな赤ん坊】(『犬の人生』より)

今回ご紹介する作品には小さな赤ん坊とその母親が登場します。しかしそこには毎度のことながら一筋縄ではいかない事情がうかがえます。私なりに作家の伝えようとするイメージを探ってみたいと思います。 《あらすじ》 母親はベビー・シッターに小さな赤ん坊…

【真実の愛】(『犬の人生』より)

著者のマーク・ストランドは「合衆国桂冠詩人*1」の称号を受けていて、アメリカの詩を語るうえで彼の作品は欠かすことができないと言われています。詩以外にも児童文学作家、翻訳者、編者、評論家など多彩な顔を持ちます。本書はそのなかから「ザ・ニューヨ…

【更なる人生を】(『犬の人生』より)

今回からアメリカ現代詩界を代表する詩人のマーク・ストランドの短編集『犬の人生』をご紹介していきます。翻訳はもちろん村上春樹。 彼の作品は俗に《オフビート*1》ととも呼ばれ、常識から外れた突飛なものが多いのですが、村上作品を理解するうえで欠かせ…

【めくらやなぎと、眠る女】(『レキシントンの幽霊』より)

本作は以前ご紹介した『めくらやなぎと眠る女』を、阪神・淡路大震災の被災地でのチャリティー朗読会向けに書き直しされた作品。「、」がついているのが目印です(笑) 改訂前と後で何が違うのか? なぜこの作品が朗読会に採用されたのか? 短編集『レキシントン…