村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【二つの物語】(『犬の人生』より)

 本作はタイトルに掲げられた通りⅠ、Ⅱと題された二つの物語で構成されています。Ⅰは牧歌的な雰囲気のロマンチックな物語。Ⅱは都会的な雰囲気のシュールな物語。二つの物語のあいだに直接的なつながりはありませんが、どちらもアッと驚く結末が待っています。

『Ⅰ』

ローデシア・ブリアリーは、父親のものである大きなコロニアル様式の家の、食堂の窓から厩を眺めていた。光は完璧だった。彼女はこれから乗馬ズボンと長靴に着替えて、ヴィクターに乗ろうと思った。それは誕生日に父からプレゼントされたまっ黒な去勢馬だった。

 

の予感に耽りながら馬を走らせるローデシア。歌を口ずさもうとしたその時、馬は彼女を振り落として走り去る。その先には、カーラジオから流れる曲にハミングしていたゴールデン・ハリス。林から飛び出した馬は、彼の運転するポルシェに激突した。

『Ⅱ』

ニューヨークのミッドタウンにある構想アパートメント・ハウスの屋上のへりに、ひとりの美しい女が立っていた。男が日光浴をするために屋上に出てきて、彼女の姿を目にしたとき、女はまさにそこから飛び降りようとしているところだった。驚いて、彼女はへりから少し後ろに下がった。男は三十歳から三十五歳くらい、金髪だった。痩せていて、胴は長く、脚は細くて短かった。

 

は不器用に説得を試みるものの、女はそこから離れようとしない。男は目を閉じて女を思いとどまらせる方法をしばし考える。再び目を開けて女を見たとき、生と死のあいだにひとつの特別な空間が存在することに彼は気付いた。

 

ポストモダン文学】

 理性による啓蒙的な近代社会、制度、思想の一般化を批判し、現代社会に則した新しいあり方を模索した概念を《ポストモダニズム》と呼び、フランスの哲学者リオタールによって理論化されました。

 

 文学の分野では《ポストモダニズム》の明確な定義づけは無いようです。ただ、従来の秩序、明晰、無矛盾、普遍などの特徴に反して、無秩序、暗愚、不条理、普遍性への懐疑など、近代文学へのアンチテーゼを掲げたスタイルが一般的に《ポストモダン文学》と呼ばれます。

 

 本作の場合、Ⅰが理性に基づく《近代文学作品》だとすれば、Ⅱはそれとは対照的な視点で描かれた《ポストモダニズム作品》です。互いの特徴が誇張して描かれているところは、作者の遊び心さえも感じられます。

 

  人は誰しも成長の過程で思春期を迎えるように、文学にも逡巡する時代があった

 

 二つの物語のなかに登場する『生と死の境界に存在する特別な空間』は、作者が生涯を通じて追いかけたテーマだともいわれています。マーク・ストランドにとってはこのような本質的なテーマを追求することに比べると、むしろ《モダン》や《ポストモダン》といった概念は二次的なものに過ぎなかったようにも感じられます。