村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【⑪最後の瞬間のすごく大きな変化】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

 今回は本書の表題になった作品のご紹介です。作品の理解を深めていただくために、途中で少しだけ60年代の時代背景の解説を差し挟みます。社会活動家でもあるグレイス・ペイリーならではの歯ごたえのある世界観をご一緒に味わってみませんか。

 

《あらすじ》
年女性のアレクサンドラは、定期的に病気療養中の父親のもとを訪ねる生活を送っていた。病院に向かうタクシーの中でデニスと出会った彼女はこの若者と意気投合する。デニスはタクシー運転手の傍ら、売れないバンドのために詩を書いて生計を立てていた。そして何より彼は新世代の思想に傾倒する活動家だった。

 

『若者たち! 若者たち!』

若者たち! 若者たち! 彼らの頭上にはいくつもの恐ろしいトラブルがのしかかっている。たとえば彼らの周知の世界は爆弾によって、瞬時に究極的な終末へと向かう。あるいはまた自然資源は、徐々に無反省に破壊されていく。それでも彼らは現在のところ、まだオプティミスティックであり、ユーモアを失わず、勇敢である。そうなんだ、彼らは最後の瞬間のすごく大きな変化をもくろんでいるのだ。

 

ニスは自分の考える新しい理想こそがより良い社会をもたらすという信念を抱いていた。この種の若者たちが一団となって出現した60年代。『最後の瞬間のすごく大きな変化』という彼の言葉には、残念ながら裏付けとなる確かなビジョンは見当たらない。それでも、アレクサンドラはひとまず彼の話に耳を傾けた。

 

カウンターカルチャーネオコン

 アメリカの60年代は、ベトナム戦争をきっかけに様々な社会問題が顕在化した時代です。既存の制度や規範・文化に対抗するために、フリーセックスやドラッグ、エコロジー、女性の権利、ジェンダーなどの問題提起は、若者たちが主導する《カウンターカルチャー》のなかで推し進められていきました。

 

 一方で、そのような運動を受け入れられない年配者や一部の知識人たちは、《ネオコン新保守主義)》と呼ばれる勢力を結集します。彼らは共産主義に対抗する「自由主義の砦」を理念に掲げ、ベトナム戦争を肯定し、政府の中枢部に入り込んでいきました。

 

 物語に登場する青年デニスは《カウンターカルチャー》、アレクサンドラの父親は《ネオコン》を体現した人物として描かれています。この二人によって「ネオコンの血」を受け継いで育ち「カウンターカルチャーの洗礼」を浴びて身ごもったアレクサンドラは、最終的に両者と袂を分かち、独自のシングルマザーの道を進み始めます。

 

 アレクサンドラの生き方には、時代の逆風を浴びても情熱を失わず、新しい物事に挑む中年女性のはつらつとした姿が浮かび上がります。たとえつまづいても、そこから何かを学び、次に現れる変化を期待する彼女は輝いています。作中の『最後の瞬間のすごく大きな変化をもくろんでいる』はデニスが口にした戯言ですが、私の中ではいつしかタフな生き方を選択する女性たちへのエールに転じました。

 

 さて、本書の全体像を読み解くまであと一歩のところまできました。残りの6作品でなんとかグレイス・ペイリーの神髄に迫りたいと思います。引き続きお付き合いください(^^)/