村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【①さよなら、グッドラック】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより

 今回からアメリカ文学界のカリスマ的存在グレイス・ペイリーの作品を取り上げていきます。本ブログでは、過去に彼女の短編集『最後の瞬間のすごく大きな変化』をご紹介しましたが、アメリカでの刊行は本書の方が先で、彼女にとって初めての作品集でもあります。

 

 本書は批評家からの評価が高く、この一冊で彼女は名声を確立しています。後に社会活動家としても名を馳せるのですが、本書に収められた作品群にはまだ社会派傾向は影を潜め、自由でのびのびと創作を楽しんでいる雰囲気が感じられます。

 

 ご紹介する『さよなら、グッドラック』は、時代に先んじた女性の一代記です。ロシアから移民してきたユダヤ人たちのニューヨークにおける当時の生活ぶりが鮮やかに描かれていて、その造形には作者自身の生い立ちの影も感じられます。

 

『普通ではない人生』

 語り手のロージー伯母さんは、姪に彼女が辿ってきた半生を語って聞かせています。若いころから肥満体型で、さばけた物言いをし、親族からは変わり者扱いされてきた彼女。彼女はある日地味な事務仕事を放りだし、ユダヤ系の劇場のチケット売りの職につくと、持ち前の開放的な性格を生かしながら劇団の俳優たちと勝手気ままな交流を重ね始めます。ロージーの行く末を案じた家族たちは、生真面目な義弟の弟のルーベンを彼女に引き合わせますが・・・

 

「ロージー、僕は君に自由で幸福な、新しく大きな、そして普通ではない人生をさしあげよう」。どうやって?「君と僕とで力をあわせて、パレスチナの砂漠の砂を手に取り、そこに新しい築き上げるんだ。それは我々ユダヤ人のための、明日の土地なんだ」「ははは、ルーベン。じゃあ明日になったらそこに行くわ」

 

 彼女はそんな縁談のさそいなどまっぴらごめん。その席上で、当時盛んに進められていたイスラエルへの入植に誘われますが、ロージーはそれを断るだけでなく、あっけらかんとシオニズムを一蹴していて痛快です。自由で幸福な人生を、彼女は劇場のなかに求めました。

 

 しかし、やがて劇団は解散し、劇場もなくなり、残された彼女は孤独な太っちょの五十女に成り果てます。女であるにもかかわらず身の程知らずな夢を追ったことを本作は戒めているのでしょうか? どうやらそれは違うようです。話の結末では、彼女はかつての人気俳優とのよりを戻し、今や悠々自適のホテル暮らしというお気楽ぶり。それをどう解釈するかは読み手の判断にゆだねられます。

 

【20世紀を代表する女流作家】

 彼女の作品は、ロシア移民のユダヤ人が抱える日々の哀歓を描いたものに始まり、フェミニズムや人生の普遍的価値を追求するなかで、20世紀を代表する女流作家といわれるまでになります。本書に収められた作品群はそうした大作家の道への端緒となるもので、創作を自由に楽しむ雰囲気の中、時に鋭い切り口も垣間見せ、バラエティ豊かなラインナップになっています。

 

 以下にグレイス・ペイリーの表彰と受賞歴を、ウィキペディアから一部抜粋して掲載します。

1969年にオー・ヘンリー賞を受賞。1980年にアメリカ芸術文学アカデミーに選出。さらにリー短編賞(1993年)、PEN/Malamud Awardの優秀短編賞(1994年)を受賞。1994年にピューリッツァー賞、全米図書賞の最終候補となる。1998年にはダートマス大学から名誉学位を授与。2003年にロバート・クリーリー賞を受賞。文学賞であるグレース・ペイリー賞は、彼女の業績にちなんで贈呈される。(Wikipediaより)