訳者の村上春樹はグレイス・ペイリーの書く小説について『知的でソフトなエニグマに満ちた作品』であると語っています。その難解な暗号を読み解くことは何ものにも代えがたい喜び!となるはずでしたが、今回は正直かなり悪戦苦闘しました。この空中分解すれすれの解読が、次にチャレンジする読者の手がかりになれば良いのですが。
《あらすじ》
誰もが知っている家族の子どもたち。年上の女の子たちは弟たちの面倒を放り出して日々パーティーに出かけている。学校に通う男の子たちは乱暴な言葉を覚えてシスターたちを困らせている。母親は日常のごたごたに振り回されて子供たちにかまう余裕は全くない。ある日、シスターが男の子二人への放校処分を告げにやってきた。
『ごたごたと隣り合わせで暮らすこと』
母親は何も言わなかった。シスターにはぜんぜんわかっていないんだと彼女は悟ったからだ。ごたごたと隣り合わせで暮らすというのがどんなことなのか、この人にはわかりっこないんだ。
母親はシスターの宣告を黙って受け入れた。公立校に転校すると子どもたちはますます酷い口のきき方をするようになった。そしてある日、兄弟の一人が友達と喧嘩をして相手を傷つけてしまう事件を引き起こした。
【破壊と調和のメロディー】
ヒンドゥー教には、宇宙の創造、破壊、調和をつかさどる神としてブラフマー神、シヴァ神、ヴィシュヌ神が存在します。これらは単一の神聖なる存在から顕現した三つの機能を異にする様相に過ぎず(三神一体)、その実相を知ることが悟りのひとつとされています。
例えば、シヴァ神は「粗野で御しがたく、気まぐれで、危険」、ヴィシュヌ神は「宇宙をあまねく満たす、力強く、慈悲深い」といった偶像化がなされ、様々な物語にキャラクター化されています。ブラフマー神の創造性だけは具現化が難しいためか影が薄い傾向にありますが。
さて、この物語には男の子たちの「粗野で御しがたく、気まぐれで、危険」な日々が描かれています。日常的な暴力にまみれていく彼らの行く末には、アメリカが引きも切らず介入し続けた戦場が待ち受けます。作者が聞き取った『陰鬱なメロディー』とは、このような大国アメリカの負の一面です。
物語に登場するシスター、母親、祖母は本来なら「宇宙をあまねく満たす、力強く、慈悲深い」役割を担うはずですが、厳格で世知に疎いために、男の子たちの言動に振り回されて愚痴をこぼすばかり。おそらくそれは、男の子たちの破壊願望を助長してさえいます。
物語を読み終えて、私は次のような妄想を思い浮かべました。もしシスター、母親、祖母が秩序の破壊に乗り出し、すさんだ世の風潮に抗い始めたら、《三神一体の理論》に従えばシヴァとヴィシュヌは入れ替わり、男の子たちは破壊よりも調和に彼らのエネルギーを注ぎ始めるかも。少なくとも作者の言う『陰鬱なメロディー』は別の音色を響かせ始めるに違いありません。
でも結局のところ、グレイス・ペイリーはそんなプロパガンダめいた空想を描きませんでした。彼女はあくまでも自分の目で見て感じ取った現実だけを記述しています。そんなリアルさの奥にはもっと別の景色が広がっているようが気がしてなりません。今回のところはここまで('ω')