村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【①ワールズ・エンド(世界の果て)】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

 今回から9回にわたってポール・セローの短編をご紹介します。長期連載となるので隔回ごとに別の村上作品を挟みながら、気長に続けていきたいと思います。また、進捗が分かるようタイトルに通し番号を付けておきます。

 

 本書は「異郷のトンデモ話」を収めた短編集です。奇妙で不可解、それでいて背筋がぞわぞわするようなリアリティを存分に味わっていただくために先に申し上げておくと、各々の作品のテーマは《内なる他者との遭遇》というのが本ブログの見解です。そして、人生の豊かさとは「如何に心の内面に向き合ったか」に依ることを全体を通じて感じてもらえたら嬉しいです。

 

 それでは、くどいタイトル表記になってしましましたが、表題作でもある最初の作品をご紹介します。

 

《あらすじ》
メリカの家を引き払い、妻と小さな男の子を連れてロンドンの一角に移住した一家。正しい人生の選択をし、幸せな暮らしを実現したと信じ切っている夫だが、オランダ出張から戻ると、家はトンネルの中ような陰気さに満ちていた。そして、息子との会話を通して、一人の男の影を感じはじめる。

 

『故国から遠くはなれて』

今はもう鉄でできているように思える家の中で、彼は自分はロンドンにいるのだとあらためて思いだした。ロンドンのワールズ・エンドに。俺は家族を連れてそこにやってきたのだ。故国から遠くはなれているのだと思うと心は沈んだ。暗闇が彼の姿を覆い隠し、その国を覆い隠していた。

 

は妻の前に出ると動作がぎこちなくなった。吐き気と哀しみに加え、耳が聞こえなくなり、何かしゃべろうとすると舌が膨れて窒息しそうになった。喉から手が出るほど聞きたい妻の答えを尋ねることが出来ないまま、彼は狂気の何たるかを知った。

 

【内なる他者との遭遇】

 主人公の男性はアメリカ的な「自我の確立」を優先して生きてきました。しかし、いくら強い自我をもってしても乗り越えがたい状況に男性は遭遇します。そういった何か計り知れない状況、自分とまったく違う状況との出会い、それを《内なる他者との遭遇》と呼びたいと思います。

 

 このあと男性は現実的な解決手順を踏んでいくのかもしれません。しかし、物語はそこに至る前の「畏れおののく」と同時に「陶酔する」という根源的な精神の在り様に焦点を当てています。その瞬間、心の奥で起こっているとても意味のあるものごと。そうした畏怖と魅惑を辿っていくと、そこが《ワールズ・エンド(世界の果て)》の入り口です。

 

 次回以降、約半年に渡る長い連載となりますが、ポール・セローが紡ぎ出す異国の旅をご一緒に楽しんで頂けたら幸いです。