村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【⑤真っ白な嘘】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

 ポール・セローの5つ目の作品は、アフリカに滞在する若者たちの話です。新天地への赴任を契機に偽りで身を立てようとした同僚に風土病が襲いかかります。それは嘘の報いというにはあまりにも酷い驚きの結末!これが作者の実体験からきた話と知って二度びっくり!!

 

あらすじ》

フリカに滞在していたその若者は、地元の女性との逢瀬を楽しんでいた。あるときこの地に白人の一家が訪れたことで、そこの一人娘に乗り換えようと画策する。しかし、軽率な行動からワイシャツに潜んでいた蛆が身体中の皮膚で繁殖してしまい、その娘との恋どころではなくなった。

 

『白い虫の呪い』

「たぶん白い虫の呪いかもしれないな」と僕が言うと、彼の顔色がさっと変わった。これまでの行状を思えばそんな苦しみも当然かと思ったが、彼の顔は激しい苦痛にゆがんでいたので僕は「打つ手はひとつしかないよ。蛆を出しちまうんだ。上手くいくかも知れんぜ」と言った。

 

雅な身のこなしと仕事ぶりで誰もが一目を置く同僚は、本当は欺瞞的な男であることを『僕』だけが知っていた。彼は人をだました事への当然の報いを受けているのだ。それでも、背中に産み付けられた無数の患部の痛ましさに、彼を咎める気持ちを押さえて夜通し治療にあたった。

 

【神話の誕生】

 《科学の知》が現在ほど進んでいなかった時代には、人は内的な世界観を深めることで、外的なものごとに順応したといわれます。地震や洪水、干ばつ、伝染病などを自然の摂理として受け入れるには《神話の知》が必要とされました。

 

 例えば、人知を超えた禍に対して「人の業(もしくは原罪)」と結び付けたりしながら普遍的価値を共有することで、人はこれまで困難に立ち向かってきました。《科学の知》が《神話の知》を追いやるにつれ、私たちは各個人の責任と努力によって神話に代わる「心の支え」を見出さねばなりません。

 

 本作には母国から遠く離れたアフリカの地で、得体の知れない感染症に遭遇した若者たちの顛末が描かれています。不気味な感染症がはびこる土壌、悪徳と結びついた発症の経緯、おぞましい病状の進行は、かの地がまだ神話を生み出す力を秘めていると感じさせます。

 

 神話は、人の無意識の深層に個人の経験を超えた先天的で普遍的な領域が存在することを物語っています。それは、科学の進歩によってどれだけ世の中が移り変わろうとも、「私を支えるもの」としての聖域を守り続けることでしょう。次回以降の作品で、ポール・セローが考える神話の構造を具体的に取り出してみたいと思います。