村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【②文壇遊泳術】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

 今回ポール・セローの短編集からご紹介するのは、文壇の著名人たちを招いたパーティーを開いて人脈を広げていくという社交術に長けた男の物語です。

 

《あらすじ》
イケルは酒屋に勤める平凡な青年。出版業界に顔の利くロナルドと文壇のパーティーに参加するうちに、自分も作家のはしくれのような気分になっていた。ある日のパーティーでベテラン批評家や女流作家と意気投合した彼は、自分も作家であると偽って彼らを自宅に招待してみた。そこから奇妙な交友関係がトントン拍子に広がっていく。

 

『誰も知らない発見』

ときどき僕は自分が自分なりのやり方で、他の誰もが知らなかった何かを発見したのではないかと思うことがある。ヴァージニア・バイワードが大英帝国勲位を受けたとき、彼女がドレスを選ぶのを助け、宮殿まで送ったのはこの僕だった。一年前にはこんなことができるなんてとても信じられなかったろうが、とにかく僕と彼女はハイドパーク・コーナーをぐるりとまわって女王にお目にかかるべく道を急いでいるのだ。

 

立協会に推挙され、大物女流作家のパトロンを務めるこの男が、文芸とも財力とも無縁であるという真実は誰もが薄々感じていた。しかし、文人たちはマイケルをあるがままに振舞わせた。彼がいなければ一人惨めに本を書き、一人惨めに暮らすしかなかったから。彼らの高すぎるプライドと想像力の棚上げが、滑稽な生態を生み出していた。

 

【英国文壇カリカチュア

 文壇を操る大物や才能ある作家たちが、いとも簡単にマイケルのペテンに引っかかるのは荒唐無稽なことのように思えます。しかし、訳者の村上春樹はこの作品について『かなり正確な英国文壇カリカチュア(風刺画)』だと紹介しています。誇張された部分があるとはいえ、これが当時の趨勢だったのかも知れません。

 

 本作を読みながら、私が社会人に成り立ての頃を思いだしました。先輩社員や同業者に連れられて夜ごと飲み屋街に繰り出した日々。私の属する業界は景気の引き潮が遅れてやってくるために、何処に行ってもバブル景気の残りカスのような場違いな馬鹿騒ぎをして失笑をかったものですが(*'ω'*)

 

 私は本作に描かれたモラトリアムの許容に温かい気持ちになります。誰しも規律一辺倒な社会には窮屈さを感じるものです。特に、若者世代は今も昔も若さゆえの不安定な感情を抱えているのではないでしょうか。それは時に「狂気の刃」となって自分や他人に向けられることも。私は主人公のマイケルのお気楽さの奥に「狂気」を感じますし、夜ごと飲み歩いていたかつての私の中にもそれはありました。

 

 さて、今宵も晩酌で憂さ晴らし♡毒っ気を失った微かな情熱を慰めたいと思います🍶