村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【ダイス・ゲーム】(『バースディ・ストーリーズ』より)

 作者のポール・セローは旅行作家として名を成した人物です。村上春樹はよほどこの方と縁があるのか、この後も彼の短編集に加えて彼の息子の作品まで翻訳しています。世界中を飛び回った体験から紡ぎ出される奇想天外な物語。今回はその一端を垣間見る本作をご紹介します。

 

《あらすじ》
る黒人紳士がホノルルのホテルのバーで金髪のサーファーを相手にダイス・ゲームで争っている。彼は名の知れた公認会計士で、堅実な仕事ぶりの一方でギャンブルに情熱を傾ける一面があった。今日は彼のご自慢の白人妻の誕生日だが、彼女は早々に部屋に引き上げている。サーファーが姿を消した後もバーに留まる彼が気にかかり、支配人である私は話しかけてみた。

 

『どっかの男が彼女を抱いた』

「去年は僕らはラスベガスに行った。シェリル(妻)はついていて、クラップ・テーブルで500ドルもうけた。どっかの男がやってきて、縁起かつぎに彼女を抱いた。『あんた、最高についてるよ』とみんなは言った。君に見せてやりたかったな」

 

『縁起かつぎに彼女を抱いた』というセリフが「私」は気になってならない。なおも話の続きを聞いていくと、彼は妻の誕生日に男をプレゼントしているというではないか。そして今も例のサーファーと二人で部屋に居るらしい。「私」は不測の事態に備えて、部屋の近くに二人のボーイを差し向けた。

 

ギャンブル依存症

 《ギャンブル依存症》は長きにわたり社会規範に反した逸脱行為のひとつと見なされてきましたが、1977年にWHOによって依存症の一つに分類されたことで精神疾患として認識されるようになりました。

 

 例えば、勝ち負けに刺激的な演出が加わり、過剰なドーパミンが分泌されることで脳疾患を引き起こしていく人が多数存在します。特に留意すべき症状としては「自殺念慮」が挙げられ、治療中の人たちの半数にその兆候が見られるという報告もあります。「やめたくても、やめられない」状態は、もはや意志の弱さや性格の問題だけで片づけることのできない病状と考えられています。

 

 物語に描かれるのは、ギャンブルにからめて妻の誕生日の背徳行為に自ら手を貸す夫の姿。今宵も彼はダイス・ゲームに勝利を収め、地元のサーファーを彼女のもとへ送り届けました。このような行為を繰り返せば、やがて取り返しのつかない事態に見舞われることでしょう。しかし彼らは「やめたくても、やめられない」だけでなく、「夫婦の問題」から目を逸らすために自ら破滅を招いているとも言えます。人の心には説明のつかない闇が存在することを感じさせます。

 

 旅先で出会った奇妙なエピソードという体裁の作品ですが、なんとなくぞわぞわしてしまう恐ろしい物語でした。いずれ機会が訪れたらポール・セローの短編集をまとめてご紹介したいと思います。