村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【⑧ボランティア講演者】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

 ポール・セローの8作目は、世界中を転々とする外交官の話です。あらゆる国の常識・非常識を受け入れる彼らの適応力は素晴らしいのですが、それに連れ添う家族の苦労がしのばれる作品です。

 

《あらすじ》
は次の任地に赴くまでの休暇中に、ドイツに配属中の外交官夫妻を訪ねた。一見すると幸せそうな二人だが、夫のチャーリーは妻のロイスの言動に困っていると打ち明ける。「彼女は頭がやられているようだ」と。翌朝、目を覚ますとテニス・ルックのロイスが寝室にやってきてベッドに上がり込んできた。そしてチャーリーについての真偽不明な苦情を言いはじめた。

 

『こんなところじゃやっていけない』

「でもそんなこと言っても意味ないわよ、『全ては人間の性だ、何だってノーマルだ』なんてね。私たち、インドネシア、インド、マレーシアと回ったわーーーええ、あのへんって物事はノーマルよ。でもヨーロッパは違うの。これは冗談じゃなくて、私は、こんなところじゃやっていけないわ」

 

イス(妻)はチャーリー(夫)が酔払って男と手を握りあっているのを見たという。彼女がマリファナでラリッていたとき、チャーリーは知人の妻とスワッピングにおよんでいたこともあるのだと言う。「僕」のベッドにもぐり込んできて語る彼女の言葉は、一体どこまでが本当でどこまでが嘘なのか・・・「僕」は途方にくれてしまう。

 

LGBT問題の行方】

 「国際レズビアン・ゲイ協会」の2013年報告書によると、世界の76か国では同性愛を法律で犯罪と定めていて、迫害や暴行、拷問や殺人などの標的にされる例もあると言われます。近年、LGBTという言葉が注目されることで、その厳しい実態が明らかになるとともに、性的少数者に対する理解を深め、偏見や差別をなくそうという機運が高まっています。

 

 しかし恋愛感情とは、異性カップルであれ同性カップルであれ、無垢なロマンや陶酔、ナイーブな理想をもつために、生活感情からの反感をかいかねないある種の反社会性を糧にしています。LGBT問題がこうした恋愛感情や性的欲望の発露を伴う限り、日常的な倫理観の拡張だけでなく、どれだけ非日常的な世界観への理解が進むかが問題の解決のカギになるのではないでしょうか。

 

 妻のロイスの言動は稚拙な曲解を含んでいますが、概ね真実であったことが判明します。バイセクシャルの夫チャーリーは、内輪のフリーラブを受け入れられない妻の価値観を転向させようと画策していました。ロイスの不可解な言動は、無理やり自己のアイデンティティを剥ぎ取られるような窮状に起因しています。彼女の苦しみを思うと同情を禁じ得ませんが、かといってこの夫婦の問題に有効な解決策があるかと問われれば、言葉に窮してしまいます。

 

 いずれにせよLGBTへの理解は時代の趨勢であり、最終的には世の中を良い方向に啓発していくと私も信じています。しかしそれは、月並みな言い方ではありますが「規範VS自由」「集団VS個人」という永遠の問題を抱えています。私たちは近い将来、それが誰かを傷つけ、誰かに傷つけられながら歩むいばらの道でもあることを、身をもって知るのではないでしょうか。