村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【⑧長くて幸福な人生から取った、二つの短くて悲しい物語】(『人生のちょっとした煩い』より)

Amazonより

 本作はグレイス・ペイリーの「フェイス・シリーズ」の第一作です。主人公のフェイスにはリチャードとトントという二人の息子がいて、彼女のパートナーは元の夫、新しい夫、ボーイフレンドなどその時々のシチュエーションで入れ替わります。記念すべき初回は2話構成。主要なキャラクターが登場し、その後に続くシリーズのプロローグ的作品になっています。

 

《第一話:中古品の子供たちを育てる人々》

 元の夫と新しい夫が揃って食卓に座り、卵料理が不味いと非難しています。フェイスが「じゃあ、自分で作りなさいよ」と言っても、二人はやれやれという感じで取り合わない。元の夫は、身持ちの悪いフェイスに「しっかり身を固めておいが方がいいぜ」などと言いたい放題。勝手なことをそれぞれ口にした後で、男たちは仲良く肩を並べて出て行いきます。

 

ふだんの私は、自らの運命におとなしく従って生きていくだけだ。それは要するに、命の有効期限が切れるまで、明るく笑いながら、男に仕えて生きていくことなのだが。

 

《第二話:少年期の問題》

 ボーイフレンドのクリフォードが、「君は子育てにしくじった」と批判したとき、彼女はついにぶち切れます。ガラスの灰皿を切り投げつけると、クリフォードの耳たぶは切り裂かれて血まみれに。普段は粗暴な男たちの言動をやんわりとやりすごすフェイスですが、一度怒りはじめるや手の付けられない修羅場が出現します。

 

「この間抜け、そんなこと、口が裂けても女に向かって言うべきじゃない。血を拭きなさいよ、馬鹿たれ。失血死しちゃうわよ」

 

フェミニズム勃興前夜】

 ここに描かれているのは1950年代のアメリカの景色です。戦火の記憶も生々しく、人種や階級の差別が堂々とまかり通る時代。肝の据わったフェイスですが、怒りを爆発させては子供たちとの温かな絆に鎮められるというガサツで不安定な日々を送っています。

 

 現代の視点で読むと、彼女の苛立ちの原因が男性優位の性別役割から来ていることは火を見ることよりも明らかです。しかし、当時の人々がジェンダーが差別であるという認識に辿り着くには、もう少し時代が経過する必要があります。作家グレイス・ペイリーはそんな時代の過渡期を見届けた証言者としてこの「フェイス・シリーズ」を記述していきます。

 

 さて、短編集の8作目にしてようやく社会の不公正に向かって闘いを挑むペイリーらしいヒロインが登場しました。その意味で、本作がこの短編集のピークを為す作品であることは間違いありません。高まる気持ちを落ち着けるためにも、次回は別の村上作品のご紹介を挟みたいと思います。