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本作は就職口を求めて怪しげな仲介屋と手を組んだ娘の物語です。奇想天外から落ちて来る滋味豊かな世界を描いてきた短編集の最後の作品をご紹介します。
『あいつはのしあがっていく』
車上生活を送る正体不明の仲介屋。娘はその仲介屋の手練手管を頼って仕事を手に入れたが、雇い主は自己中心的で気まぐれな人物だった。その雇用をめぐる放漫経営ぶりに憤慨した娘は、仕事を辞めて仲介屋のもとへ戻って来る。
「俺は君をエドセル(=雇い主)のところに送り込んだ・・・・・・あの履歴書を書くには三日もかかったんだ。なぜなら俺は信じていたからだ。あいつはのしあがっていくし、あいつにくっついていれば、しっかりそのお相伴にあずかれるってな。」
さしたる妙案もなく途方に暮れる娘と仲介屋。いつしか心を通い合わせ、車の中で一夜を明かした二人に別れの朝が訪れる。
【お昼間タイプ】
この物語は若者世代の就労観に焦点を当てています。自由主義的な考えが行き渡るアメリカでは仕事の上で個人の成果や自己実現が重視されますが、その一方で競争に負けたり結果を出せなかった場合には、自己責任を問われる厳しい側面を併せ持ちます。社会に乗り出した若者たちは、こうした理念と現実のギャップを身をもって知ることになります。
意気揚々と自立への第一歩を踏み出した娘に対して、自称職業コンサルタントの仲介屋は、まだまだ甘っちょろい「お昼間タイプ*1」と突き放しています。それでも初めての就労を通じて娘は社会の厳しさを知り、同時に弱者の痛みに思いが至った様子もうかがえます。
1950年代の世相を描いた本作ではありますが、社会保障を置き去りにして自由競争の道を突き進むアメリカの姿勢は今も昔も変わりません。職や家を失ってぎりぎりの生活に踏みとどまる貧困層とマネーゲームに興じる富裕層の格差は広がり続けています。この現実を直視しない限り、アメリカ社会の分断はこの先もますます深刻化していくことでしょう。
さて、これでグレイス・ペイリーが世に送り出した3冊の短編集のうち2冊を本ブログでご紹介し終えました。残る1冊を近いうちにと思いつつも、フィッツジェラルドもカーヴァーもチャンドラーも紹介しきれていませんし、本家本元の村上作品もないがしろにできないし気もそぞろ。そんな時には『ゆっくり歩け、そしてたっぷり水を飲め』 今流行りのタイムパフォーマンスなんぞ気にせず、ゆるりと参ります!(^^)!