村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【⑭泳ぐ人】(『巨大なラジオ/泳ぐ人』より)

Amazonより

 本作は、ジョン・チーヴァー作品の中でも特に評価の高い一作です。郊外住宅のプールを舞台にした幻想的かつ寓話的な物語を通じて、アメリカ社会の夢と現実のギャップを描いています。

 

『泳いで家に帰るんだよ』

 ネディは、夏のある午後、友人宅のカクテルパーティーで突然「泳いで家に帰る」という奇抜なアイデアを思いつきます。彼の計画は、友人や知人の家のプールを次々に泳いで渡りながら、8マイル先にある自宅に帰るというもの。彼は自らを「新時代の探検家」と称し、妻の名前を取って一連のプールを「ルシンダ川」と名付けました。

 

淡い緑色の水に包まれ支えられることは、喜びというよりも、自然な状態への回帰に思えた。トランクスなしで泳げたらいいんだがなと彼は思った。しかし今回の計画に関してはそいつは不可能だ。彼はいちばん奥の縁のところで、身体をプールからひょいと持ち上げーーー梯子なんて絶対に使わないーーー芝生を横切って歩いていった。どこに行くのかとルシンダが尋ね、泳いで家に帰るんだよと彼は答えた。

 

 最初のうちは計画は順調に進み、ネディは友人や知人たちに温かく迎えられます。しかし、突然の雷雨を境に気候が夏から秋へと急速に移り変わり、時の経過が歪み始めます。訪れる家々では冷たい対応が目立ち、彼の友人や愛人との関係も次第に悪化。最終的に自宅に辿り着いた彼を衝撃的な事実が待ち受けていました。

 

アメリカの夢の変遷】

 物語の舞台となる郊外住宅地には、プールを備えた家々が連なり、日常的ににぎやかなパーティーが繰り広げられています。主人公のネディは、男らしさ、若々しさ、幸福で豊かな家庭とコミュニティーを持つ典型的なアメリカ人として描かれます。その旅路は彼の人生の縮図であると同時に、アメリカ社会の変遷を反映しています。しかし、冒頭の前途洋々とした雰囲気は次第に失われ、最後は失望と喪失感に包まれます。

 

 この作品が発表された前年にケネディ大統領の暗殺事件があり、アメリカ社会全体が喪失感と混乱に包まれた時期でした。チーヴァーが描くニューヨーク郊外の風景は、その時代の一面を鋭く描写していて、読者の共感を呼び起こしたとされます。第二次大戦後の急速な郊外化を背景に、中流階級の夢と不安を描き続けたチーヴァーにとって、本作はその集大成と言えるでしょう。

 

 さて、時代を超えて読み継がれる価値を持つチーヴァーの短編小説61編の中でも、選りすぐりの18編を収録したのが本書です。ここまで4ヶ月の長期に渡ってご紹介してきましたが、残りのご紹介はあと4作品となりました。最後までお付き合いいただければ幸いです。