村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【自立する娘】(『ザ・スコット・フィッツジェラルド・ブック』より)

Amazonより

 村上春樹スコット・フィッツジェラルドの短編小説の中から選んだベスト3は、『リッチ・ボーイ』『冬の夢』『バビロンに帰る』です。いずれの作品も、フィッツジェラルドの深い人間洞察を反映しています。本ブログでは、これらを収録した短編集から他の作品も取り上げながら、ベスト3作品の魅力に迫りたいと思います。

 

 最初にご紹介するのは、フィッツジェラルドの人物像を理解する上で重要な要素を含んだ『自立する娘』です。

 

『彼、ちょっとアメリカ的すぎるのよ』

 ロンドンでの公演を中断し、父の葬式のため帰国する舞台女優のイヴリンは、帰りの船でアメリカ南部の若手弁護士ジョージ・アイヴィズと出会います。二人は互いに惹かれあいつつも、すれ違いを繰り返します。

 

「ねえ、エディー、私どうすればいいのかわかんないのよ。私あの人に恋していると思うんだけど、なんだかいつもうまくかみあわないの」

「まあしっかりとつかまえておくんだね」

「そういうことしたくないのよ、私。私が求めているのは誰かにしっかりつかまえられることなの」

「ねえいいかい、君は二十六で、彼を愛している。どうして結婚しないのさ?今は良い時節じゃないんだぜ」

「彼、ちょっとアメリカ的すぎるのよ」と彼女は答えた。

「君は外国暮らしが長すぎたんだよ。だから自分の求めているものが何なのかよくわからないんだ」

 

 イヴリンはジョージとその母親との会食で、女性の置かれた立場についての持論を展開し、気まずい雰囲気を作り出してしまいます。ジョージはイヴリンとの価値観の違いに落胆し、彼女との関係を再考し始めます。そんなジョージの態度に、イヴリンも自分自身を見つめ直し、今後の生き方を決断する時を迎えるのですが・・・

 

【新世界と旧世界】

 1925年に『グレート・ギャツビー』を発表したフィッツジェラルドは、20世紀アメリカ文学を代表する作家となりましたが、当時は期待したほどの売上に恵まれず、失望します。その後、妻のゼルダと共にヨーロッパに渡りますが、1929年のウォール街の株価大暴落や、1930年にパリでゼルダ統合失調症を発症するなど、困難な時期を迎えます。1931年に父エドワードの死去をきっかけに帰国し、その経験をもとに執筆されたのが本作です。

 

 主人公のイヴリンは、ニューヨークの街並みに誇りを持ちながらも、ヨーロッパに劣る南部の人々の振る舞いを残念に感じています。そうした彼女の姿は、新世界アメリカと旧世界ヨーロッパの価値観の狭間で揺れ動くフィッツジェラルド自身のジレンマに重なります。また、本作のエピソードには、フィッツジェラルドの故郷や彼の家系にまつわる史実が随所に組み込まれています。

 

 ところで、転換期のアメリカを象徴する新しい女性像の描写が、本作の目的の一つと考えられますが、過去の作品のような明確な結論には至っていません。フィッツジェラルドの創作にインスピレーションを与えてきた妻ゼルダが、統合失調症に苦しんでいる現実も影響しているのでしょうか。当時の体験から生じた複雑な感情に整理がつかないまま、この先を見据えた道標として書き留めたのかもしれません。

 

 本作は複数の雑誌から掲載を拒否され、最終的にフィッツジェラルド自身がこの作品の発表を断念しています。しかし、作中の葬儀のシーンは名作『夜はやさし』に、船がニューヨークに入港するシーンは『マイ・ロスト・シティー』に昇華されて実を結びます。そうした結果を振り返れば、苦難の時期におけるフィッツジェラルドの挑戦と成長の痕跡が、本作に刻まれていると考えることもできるでしょう。

 

 さて、次回は『リッチ・ボーイ』をご紹介します。人生の絶頂期にあった頃のフィッツジェラルドの精妙で華麗な文章が光る名作です。どうぞお楽しみに。