作者のジム・シェパードは1956年コネティカット州生まれ。ウィリアム大学創作家教授でもあります。2007年度全米図書賞の最終候補となり、優れた短篇集に与えられるストーリー賞を受賞しています。
《あらすじ》
マイネルトとグニュッスは飛行船ヒンデンブルグ号の乗組員である。二人はどちらもナチ党員だった。さらに二人は愛し合う仲だ。彼らはできる限り機会をみつけ、人目を避けて密会を繰り返していた。
『パーティーはもうおしまい』
「パーティーはもうおしまいかもしれないというのは、いったいどういう意味だよ?」とグニュッスが静かな声で尋ねる。「ブルッス船長が俺を呼んでいる。規律上の問題について話があるらしい。それが何を意味するか、おもえにもわかるだろう」とマイネルトは言う。
マイネルトはグニュッスとの恋愛に飽き足らず、乗客の娘とのアバンチュールも楽しんでいた。乗客との色恋沙汰は激しく罰せられる規律であり、規則違反は船長の耳にまで伝わってしまったらしい。処罰を覚悟したマイネルが自己憐憫に浸っているとき、歴史に刻まれるその事故が起こった。
『それは我々のものだ』
旋回軸の作業用通路にいるマイネルトは、目も眩む光が下方にあるすべてを包み込む中で、こう思う。たとえどのような時代がもたらされたにせよ、それは我々のものだ。そしてそれは、そう、まさにこういうものでなくちゃならない。
絶えがたい緊張からの解放、あるいは禁断の領域を侵犯する魅惑がマイネルトの心を再び満たした。壮絶な戦場の記憶や奔放な性交渉、ナチズムが作り出した悲劇の生贄となる自分が今一つの大きな意味を作り出している。爆発する飛行船の船上で男は恍惚感に包まれた。
【再び愛とは?】
マイネルトが望んだ愛とは何でしょうか? 物語は性的な欲望に焦点をあてていますが、そもそも性的な欲望とは「死の不安の乗り越え」という生のあり方の一つです。バタイユによれば「戦争の暴力」「宗教の生贄」「性的な放蕩」は欲望の代表的な三形態とされ、本作品にもそうした要素がしっかりと組み合わされています。
恋愛の悪夢★★ 歴史的カタストロフィー★★★
ヒンデンブルク号の爆発事故は1937年に起きた出来事であり、作者は過去の情報を収集して、あたかも見てきたかのような詳細な記述をしています。また同性愛やナチズムをめぐる現代的な解釈は、この史実に奇妙な現実感を作り出しています。こうした手法もポストモダン以降の情報化社会が進む中で編み出されました。
と、まあいろいろ書いてきましたが、本作は理屈抜きで楽しめる《ラブ・ストーリー》に仕上がっていることを付け加えておきます。