引き続き海外作家の短篇ラブ・ストーリーをご紹介します。
作者のデヴィッド・クレーンズはイェール大学で演劇を学び、小説に加えて戯曲や映像脚本などを手掛けています。ユタ大学の名誉教授であり、ユタ大学の全ての教育賞の受賞歴を持つ優れた教育者でもあります。
《あらすじ》
14歳のアンジェロは、身長が190センチ、体重が127キロ、勉強が苦手で学校にいる時間のほとんどをもてあましていた。しかしそんな彼は、この2ヵ月というもの、歴史の授業で二列前に座っているテレサのことを見つめ続けてきた。テレサはできる生徒だが、物静かで友だちが一人もいない。ある日の学校がひけたあと、彼はテレサのあとをついていくことにした。
『中身のあることを言いたい』
彼は何か言いたいと思う。馬鹿なことや愚かなことではなく、中身のあることを言いたい。嘘偽りのないことを言いたい。ここまで延々と彼女のあとをついてきた価値があるだけのことを。
テレサのあとを追って見知らぬ土地を延々と歩いたその先で、彼女を取り囲む社会的底辺の姿に遭遇する。怒りと脅えと優しさが混ざり合った狂おしい気持ちが湧き起こる。アンジェロは高ぶる感情を抑えながら、今この瞬間に彼女に伝えたい想いをしぼり出そうとするが・・・。
【公立学校の思い出】
世の東西を問わず、義務教育には社会の現実に即した基礎教育や、さまざまな応用課題への取り組みが期待されています。特に公立学校は、社会的格差や経済的困難を抱えた家庭の生徒たちに教育機会の提供や支援を行い、不平等を是正する役割も担っています。
私自身の経験を振り返ってみても、社会的格差や経済的困窮だけでなく、国籍、文化、宗教の違う友人たちと過ごした公立学校での日々は、今の私を形成するうえでとても意味があったと感じています。
物語の後半で恋心を抱いたテレサが実は路上生活を送っていたという事実にアンジェロはショックを覚えます。そして、それをバネに新たな一歩を踏み出そうとする過程が丁寧に描かれています。こうした成長譚に思春期の思い出を重ねる読者は、私を含め少なからずいるのではないでしょうか。
この作品の特徴は『巨漢の落ちこぼれ男子生徒』という特異な個性への感情移入が必要とされるところです。ひとまずそれを受け入れれば、アンジェロの愚鈍なまでの誠実さは読後感を一段と温かいものにしてくれます。誰しもそんな未熟な時代を通り過ぎて来たはずですから。
思春期の男子★★★ ほろ苦い現実★★★
村上春樹はあとがきで『ポスト・ポスト・ポスト・モダニズム*1の水面に、ささやかなプレ・モダンの愛の小石を投ずることができるかもしれない』と本短編集の意義について語っています。優れた若手作家たちが描くラブ・ストーリーにはどんな特徴があるのか? そしてそれは文学的にみてどんな意義をもつのか? 村上春樹の解説を参考にしながら、次回以降も少しずつ探っていきたいと思います。