村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【1Q84 BOOK1】

 ベストセラーとなった『1Q84』を3回に分けてご紹介します。

 本書は《青豆の物語》と《天吾の物語》の各章が交互に進行し、互いに呼応しながら一つの物語を形作る村上作品ではおなじみの形式です。そこに恋愛・ミステリー・SF・歴史・宗教・文学などの要素、さらに80年代の社会的テーマが加わって百花繚乱の《総合小説》になっています。

 

《青豆の物語》

 

私を襲ってくるような無謀なやつらがいたら、そのときは世界の終りをまざまざと見せてやる、と彼女は決意していた。王国の到来をしっかりと直視させてやる。まっすぐ南半球に送り込んで、カンガルーやらワラビーやらと一緒に、死の灰をたっぷりとあびせかけて・・・

 

豆は、柳屋敷の老婦人の依頼で、女性に卑劣な暴力を振るう男たちの暗殺を引き受けていた。揺らぎない信念で任務を遂行する彼女の人生は、不幸な過去によって歪められていた。

 

《天吾の物語》

「どんな理屈を持ち出そうと、大義名分を掲げようと、これはどうみても詐欺行為ですよ。動機はどこに出しても恥ずかしくないものかもしれないけれど、実際にはどこに出すこともできない。裏でこそこそ動き回らなくちゃなりません。詐欺という言葉が不適当なら、背信行為です。」

 

吾は、少女の書いた『空気さなぎ』という新人賞応募作の書き直しを依頼された。彼は倫理上の疑問を呈しながらも、作品の魅力に惹かれてその企てから抜け出せない。

 

オーウェルの『1984年』】

 ジョージ・オーウェルの『1984年』は全体主義が蔓延した近未来社会を描いた反ユートピア小説です。「ビッグ・ブラザー」を頂点とするエリートたちが権力をふるい、「テレスクリーン」の監視下で民衆は思考力を奪われます。政治、権力、洗脳、自由といった問題を取り上げ、政府の横暴に対する警鐘として知られた名作です。

 

 『1984年』のタイトルを模した本作は、ありえたかもしれないもう一つの近過去を巡る物語に転じます。かつて近未来と仰ぎ見られた1984年、私たちはその80年代を忘れることの出来ない未曾有の繫栄と崩壊と共に通過しました。『1Q84』にはその当時をしのばせるアイコンがさまざまに形を変えて登場し、メッセージを放っています。

 

 物語の中心の青豆と天吾は、暴力を伴う私的制裁や文芸賞レースを巡る詐欺といった社会の暗部に身を投じながら『1Q84』の姿かたちを浮かび上がらせていきます。心に美しいものを持ちながら、運命に翻弄されてモラルを踏み外していくこの二人にどのような結末が訪れるのでしょうか?

 

『見かけにだまされないように』

そういうことをしますと、そのあとの日常の風景がいつもとは少し違って見えてくるかもしれません。でも見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです。

 

速道路上での別れ際に名も知らぬタクシーの運転手が語った言葉。この瞬間を境に青豆は「1Q84年」に身を置くことになる。生き延びるためにはこの場所のルールを一刻も早く理解しなかればならない。

 

【魂の救済】

 さて、「空気さなぎ」「カルト教団さきがけ」「リトル・ピープル」などの込み入った内容については、説明するよりも読んでみてくださいとしか言いようがありません。それも、100人が読めば100の解釈が生じるというような多義性を含んでいます。そうした有象無象のエピソードに埋もれて《魂の救済》という筋道がおぼろげに見えるのですが・・・。ともかく、見かけにだまされないようにしながら、この物語の中核となるエッセンスを取り出してみたいと思います。