村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【①他人の身になってみること】(『頼むから静かにしてくれⅡ』より)

 レイモンド・カーヴァーの短編集『頼むから静かにしてくれⅡ』に収録された作品をご紹介していきます。本ブログでは以前『頼むから静かにしてくれⅠ』の13作品をご紹介しました。今回はその続きになりますが、カーヴァーのプロフィールや創作の背景、作品の魅力について、初心に返って記述していきたいと思います。

 

 さて、最初の作品は『他人の身になってみること』。小説家の夫に対する周囲の人々のお愛想に得意げな妻と、そうした扱いに辟易としている夫が登場します。無名の頃のカーヴァーの実体験がベースになっているのかもしれません。

 

『今日は何をお書きになりました?』

イヤーズが自宅で掃除機をかけていると、職場のクリスマス・パーティーに参加している妻のポーラから電話がかかってきた。昔の上司からの招待を持ち掛けるが、彼はその誘いを断った。すると、このまま家に帰るのもつまらないというポーラの発案で、以前仮住まいさせてもらったモーガン夫妻のお宅にアポなし訪問することになった。

 

「執筆に専念するために仕事を辞めるつもりだと手紙に書いておられたが」

「そのとおりです」とマイヤーズは言って、飲み物をすすった。

「ほとんど毎日何か書いてます」とポーラは言った。

「ほほう」とモーガンは言った。「それは凄いね。ところで今日は何をお書きになりました?」

「なんにも」とマイヤーズは言った。

「なにしろクリスマスですから」とポーラは言った。

 

ーガン夫妻は、二人の突然の訪問を予期していたかのような歓迎ぶり。マイヤーズの執筆のネタにとトマト・スープ缶をぶつけられて意識不明になった男の話や、カウチでぼっくりと死んでしまった謎の婦人の話を披露してみせた。しかし、彼らが本当に話したいことは別にあった・・・

 

【俺の身にもなってみろ】

 原題は『Put yourself in my shoes(私の靴に足を入れてみろ)』で、この慣用句を意訳すると『俺の身にもなってみろ』となります。訪問宅での歓迎ムードが一転し、小説家であるが故に嫌な思いをさせられるマイヤーズのやるせない気持ちを表しています。この言葉選びの率直さがカーヴァー作品の特徴のひとつです。

 

 カーヴァーの短編には、こうしたセリフを冠したタイトルをよく見かけます。『頼むから静かにしてくれ』がそもそも奇妙な感じですよね。そこに何か意味が込められているかといえばそうとも限らず、むしろ物語のメッセージ性を解体させるためにこうしたセリフは選ばれているようにも思えます。上手く言えませんが、この「外しの妙」こそがカーヴァー作品の生命線ではないでしょうか。

 

 物語を注意深く読んでいくと、登場人物の誰もが多かれ少なかれ身勝手な思いを抱えていることが伺えます。それでいて「人の立場で考えること」を互いに声高に主張しているのです。村上春樹が原題を『他人の身になってみること』としたのは、本末転倒したこの不条理な状況を読み取ってもらいたいという意図が伺えます。それに、少しだけ純文学らしさが加味されました♡

 

 どのカーヴァー作品にもいえますが、状況説明や心情表現は大胆に省かれています。読者はその省かれた部分を読み取ることで、物語に自発的に意味づけする楽しみを味わいます。また、そうした読みを可能にしているのが、簡潔にして鮮やかな情景描写とストーリー・テリングの妙にあることは言うまでもありません。

 

 こんな調子で残り8作品をご紹介していきますのでどうぞ宜しく!