村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【⑪真紅の引っ越しトラック】(『巨大なラジオ/泳ぐ人』より)

Amazonより
 真紅の引っ越しトラックに美しい妻とハンサムな夫、そして二人のかわいい子供たちを乗せて、彼らは一つの郊外住宅地から別の場所へと移動を繰り返しています。見るからに魅力的で、誰もが一目で好感を抱く一家にもかかわらず、何が彼らを絶え間ない引っ越しに追いやっているのでしょうか?

 

『いつだってこうなっちゃうの』

 フォークストン夫妻(チャーリーとマーサ)の隣に新しい隣人であるジージーとピーチズ夫妻が引っ越してきたことから物語は始まる。最初は良好な関係だったが、ジージーは酒に酔うと攻撃的になり、フォークストン夫妻を侮辱するようになる。ピーチズはジージーの繰り返される問題行動のために何度も引っ越しを強いられることになるのだと告白した。

 

「いつだってこうなっちゃうの。どこでもよ。この八年の間に私たち八回も引っ越しをしたわ。そして誰一人として、私たちにさよならの挨拶をしてくれる人はいなかった。ただの一人もよ。ああ、私がかれに初めて会ったとき、彼はそれはそれは素敵な人だった!」

 

 ジージーは最初こそ他の住民にも受け入れられたが、次第にその粗暴な振る舞いが原因で、社交の招待は途絶えていった。チャーリーはアルコール依存症を治す手助けを申し出るが、ジージーは頑なに拒否。時が経つにつれ、彼はジージーの言動に何かしらの正当性があるのではないかと思い始める。

 

共依存

 《共依存》とは、特定の人との関係において自己犠牲や過剰な世話をすることに固執することで、自己の価値を他人の承認や感謝に依存する状態を指し、アルコール依存症患者とその家族の束縛関係が典型的です。《共依存》に対処するためには、自尊心を高め、自他の間に健全な境界を保つことが必要ですが、当事者だけで改善するのは容易ではなく、心理療法やサポートグループなどの専門的な支援を受けることが望ましいとされています。

 

 ジージーとピーチズ夫妻の関係は《共依存》であると考えて間違いありません。妻の振舞いは一見すると献身的に見えますが、実際には夫の回復を拒み、自立を阻害しています。事情を知らない隣人のチャーリーは、酩酊状態のジージーのうわ言に心を動かされ、こともあろうか、自暴自棄な彼の態度を正当化し始めます。

 

 ある日、怪我をして体の自由が利かないジージーを心配したチャーリーは、雪の中の悪路を2時間以上かけて様子を伺いに行きます。そこで二人は、改めて友情の邂逅を果たしますが、後にそれが仇となり、自己嫌悪に苦しんだ末にチャーリーは酒浸りになってしまいます。この先は内緒にしておきますが、チーヴァー作品の持ち味である「カフカ的不条理」が存分に描かれています。

 

 さて、《共依存》という言葉は、近年見出されたものだとばかり思っていましたが、1950年代のアメリカではこうした概念はすでに一般化していたのでしょうか? 予想を裏切る物語の結末に加えて、このような心理メカニズムが小説のテーマになっていたことに驚きました。