村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【図書館奇譚】「カンガルー日和」より

f:id:Miyuki_customer:20210418100125j:plain


本作は若い読者に向けて描かれた寓話的な物語です。世界各国の言語に翻訳されており、絵本になったバージョンも存在します。

【要旨】

  • 図書館の地下室で老人から本を借りた僕は牢屋に閉じ込められてしまった。
  • 1か月後に本の内容を暗記していたらそこから出してもらえるという約束。
  • 羊男が言うには知識の詰まった脳味噌はのこぎりで切り開かれて吸われてしまうはめに!

 

『老人と羊男と美しい少女』

図書館の貸出しコーナーの女性に「僕」が本を捜していると伝えると、地下室の107号室に通されます。「僕」はうす暗い地下室のドアをノックしてみました・・・

 

部屋の中には小さな古い机があって、その後ろには顔に小さなしみがいっぱいついた老人が座っていた。老人は禿げて、度の強い眼鏡をかけていた。どことなくすっきりとしない禿げかただった。

 

老人から三冊の本を受け取ると、奥の部屋で読むよう促されます。真っ暗な階段を下りてドアを開くと中から羊の格好をした小男が現れます。

 

羊男は本物の羊の皮をすっぽりとかぶっていた。手には黒い手袋、足には黒い作業靴、そして顔には黒いフェース・マスクをつけている。フェース・マスクからは人なつっこそうな二つの小さな瞳がのぞいていた。

 

1か月後に三冊の本を暗記していたら牢屋から出してもらえるという約束をしたものの、知識の詰まった脳味噌はのこぎりで切り開かれ中身を吸われてしまうというではありませんか。一人しくしく泣いているところにドアをノックする音が・・・

 

七時にノックの音がしてドアが開き、僕がこれまでにみたこともないような美しい少女がワゴンを押して部屋に入ってきた。目がいたくなってしまいそうなほどの美しさだった。年はたぶん僕と同じくらいだろう。

 

【小さな個性を救う場所】

 登場人物をユング心理学の《アーキタイプ(元型)》にあてはめると、107号室の老人は〈乗り越えるべき父性〉、羊男は〈成熟の拒否〉、謎の美少女は〈未成熟なエロス〉などと読み解くことができます。多くの神話や昔話がそうであるように、この物語も《元型》が織りなす心象風景を感じとる作品になっています。

 

 ところで、いじめや体罰や登校拒否といった教育現場の深刻な問題を耳にするたびに、何らかの解決策を見つけ出す必要性を感じます。それはボクたちの社会の閉塞感を投影していて、最も弱い存在がいちばん最初の犠牲者となることを反映しています。

 

 物語に描かれたこのふしぎな図書館は、少年の心に様々な感情を呼び起こしながら読書を通じて世界を知り、夢や想像力を育み、自己を見つめ成長をもたらす神秘の場所です。道に迷った小さな個性たちを救うためには、このような自由で開かれた避難場所が必要とされているのではないでしょうか。