村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【七番目の男】(『レキシントンの幽霊』より)

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 今回ご紹介するのは阪神淡路震災と地下鉄サリン事件を経て、村上春樹が最初に発表した作品です。ここには心に傷を負って苦しむ被災者や被害者及びそれを見守る人々に向けたメッセージが込められているように感じました。

 

《あらすじ》
の強い夜に人々が集まっている。丸く輪になって座った彼らは奇妙な話、不思議な話、恐い話を持ち寄っているらしい。その最後となる七番目の男の話。海辺の町に生まれた彼にはKという仲の良い友人がいた。ある台風の日に、束の間の静けさのなか二人は海岸へ出た。その時、見たこともない巨大な波が突然現れて、目の前でKをさらっていった。

 

『波の中に引きずり込んでいく』

 「眠りにつくと私の夢の中に、まるで待ちかねたようにその顔や手が現われ出てきました。夢の中では、波がしらのカプセルの中からKがひょういと飛び出してきて、そこにいる私の手首をきつく掴み、そのまま波の中に引きずりこんでいくのです。」

 

を助けることもできたという自責の念が、男の心に耐えがたい苦痛を根付かせた。それ以来故郷に戻らず、海にも川にも湖にも一切近寄らず、40年ものあいだ骨の髄まで染みついた恐怖とともに彼は生きてきた。

 

【良き聞き手となるために】

 災害や事故、犯罪、虐待などによる強い精神的衝撃が原因で、生活に支障をきたすほどの激しい苦痛をもたらすという「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」。この病名は、阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件をきっかけに広く知られるようになりました。

 

 このような精神疾患に対して、精神療法の一種でもあるナラティブセラピー(物語療法)が用いられることがあります。それは話し手の中にある記憶を自由に語らせることによって、PTSD症状の除去から人生観の転換に至るまで幅広い改善効果があると言われます。

 

 例えば、セラピーの場で語られる物語には「正しい物語」も「間違った物語」もなく、それに対する「客観的な解釈」も存在しません。それは各人のものの見方の問題です。セラピーの目標は問題を解決するよりも、新しい視点による新しい意味の発生により、問題を問題でなくしてしまうということに主眼が置かれています。

 

 七番目の男は自己の罪悪感を亡くなったKに投影して、恐ろしい幻想を自ら創り出してしまいました。しかし、ある小さな出来事をきっかけに、男の中のKのイメージは劇的に変容します。あるいは、40年という「時の薬」がその結末に導いたようにも感じられます。いずれにしろ、車座のなかで語られる様子は、ナラティブセラピーそのものに感じられます。

 

 本書を読みながらぼんやりと1995年の出来事を思い浮かべました。阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件では、実際に多くの人々が未曾有の精神的衝撃に遭遇し、その後も長く後遺症に苦しんだと報告されています。七番目の男が語る心象風景は、現実問題として当時の多くの人々の心に生じていたに違いありません。

 

 あの時、同じ日本人として私もその輪のなかに連座していたはずでした。しかし、その頃の私はもの知らぬ若造であったために、あまり良い聞き手ではありませんでした。心に傷を負った人々に対して、良い聞き手となるにはどうしたらよいのでしょうか。この先も考え続けることになりそうです。