村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【ファミリー・アフェア】「パン屋再襲撃」より

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 本作は《シチュエーション・コメディ》の約束事を忠実になぞっています。コミカルな場面では[笑い声]、放送コードにかかりそうなセリフには[ブーインング][警告音]を想像しながら読むとその世界観に没入できます。身近で庶民的な問題をとりあげながら結論を避けて余韻を残しつつ終わるのがセオリーとされています。

 

【あらすじ】
僕と妹が二人で暮らすようになったのは5年前の春、妹が東京の大学に来たことがきっかけだった。妹は旅行代理店に就職した年の夏休みに女友だちとアメリカの西海岸に出かけ、そのツアーグループで知り合ったコンピューター・エンジニアの男性と結婚を前提に付き合い始めた。

 

『スパゲティー・ハウスの場面』

「だいたいね、あなたの物の見方は偏狭にすぎるのよ」と彼女はコーヒーにクリームを追加して入れながらーーきっとまずいのにちがいないーー言った。「あなたはものごとの欠点ばかりみつけて批判して、良いところを見ようとしないのよ。・・・」

 

五月の日曜日の外食中に、突如妹が「僕」のことを批難し始めた[どよめき]。ほんの一年ばかり前までは、「僕」なりの生き方を一緒になって楽しんでいたし、憧れてもいたはずなのに[ざわざわ]。実のところ「僕」が妹の婚約者をあまり気に入っていないことに彼女は苛立っていたのだ[(納得の)あ~ァ]

 

『婚約者の実家の場面』

まったくねえ、と僕は思った。彼はそれまで僕が見たこともないような奇妙な柄のセーターを着て、その下に色のあわないシャツを着ていた。いったいなんだってもう少しまともな気のきいた男をみつけてこなかったんだ?

 

「僕」はその婚約者のことが最初からあまり好きになれなかった[ざわざわ]。堅物で趣味の悪い服装、笑いのツボもなんだか変で何から何まで自分とは正反対[失笑の声]。妹に対しても少なからず疑問を抱くようにさえなった。というか正直なところがっかりしていた[一斉にため息]

 

自己実現のプロセス】

 成長過程で親兄妹に自己を同一視していた場合、その影響下から脱するときには激しい反動が表出すると言われています。自己の劣等を補うために、これまでと真反対なものを求めて家族を驚かせたり心配させたりすることも。当人にしてみれば、抑圧からの解放や自由の獲得に夢中になるばかりで、周りの声に耳をかす余裕などありません。

 

 本作はそんな自己実現の延長線上にある妹の婚約話と、突然降って湧いたような変化に動揺する兄のあるあるエピソードです。アウトローな兄と気の強い妹、頼りなさげな婚約者という登場人物の誰もが何かを欠いていながら、その三人が少しづつ対話へと近づいていく様子が描かれています。

 

 進学や就職、結婚は当人にとっては素晴らしいことですが、その一方で当人を取り巻く人たちの心配や気苦労が少なからずついて廻るものです。それが血のつながった身内であればなおの事。喜びと不安の渦中でそのことに気付き感謝の気持ちを伝えることができたなら、そこから本当の新たなステージが始まるのですが・・・余計なお節介でしたかな('ω')?