村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【残り火】(マイ・ロスト・シティーより)

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 本書は1920年フィッツジェラルドの華々しいデビューの年に書かれた短篇です。彼の私生活には破天荒なイメージが漂うものの、その作品には高い倫理観が裏打ちされています。そのことがとてもよく分かる最初の作品をご紹介します。

 

《あらすじ》
小説家のジェフリーと妻で元女優のロクサンヌは、シカゴの郊外に広い土地付きの屋敷を買って騒々しく乗り込んできた。そこへ親友のハリーを招いたりと、気ままな新婚生活を謳歌する若き夫婦に突然の悲しみが訪れる。夫のジェフリーは錯乱の果てに脳溢血で倒れ、そのま植物状態と化してしまったのだ。

 

『崩壊への恐れと憧憬』

階上では今、友人の魂に生死の宣告が下されようとしている。そして僕はこの沈黙の部屋に腰を下ろし、蜂の苛立った羽音に耳を傾けている。そういえば、子供のころにもあのうるさい叔母に、罰としてたっぷり一時間もこんな風に座らされたものだった。待てよ、どうして僕はここにこうしているのだろう?まるであのおっかない叔母が天国から身を乗り出して、僕に罪を償わせているみたいじゃないか。償う?いったい何を償えと言うんだろう?

 

親友ハリーが内省するの場面です。彼は人生の不条理に正面から向き合います。《人生の崩壊に対する恐れと逆説的な憧憬》という作者が追い続けたテーマが窺える場面でもあります。

 

【文学的企て】

 さて、この場面のあと少し奇妙な状況が差し挟まれます。初めてこの作品を読んだ時、ボクはいったい何が起きたのか分かりませんでした。巧妙に仕掛けられた「文学的企て」であり、やや控えめに表現された「実存の姿」です。作者はそれ以上の説明も深入りもせず結末の調和へと筆を進めています。

 

 物語を飾り立てる饒舌な語りと、核心部での沈黙の妙こそがフィッツジェラルド作品の生命線です。本書の6つの作品を通じて、その沈黙に隠された秘密に迫っていきたいと思います。ご一緒にお付き合いくだされば幸いです。