Amazonより
『林檎の中の虫』とは、見た目は幸福そうでも実際には何か問題や不吉なものが隠れているという意味を持つ英語の慣用句です。本作はそんな慣用句にまつわる物語です。
『バラ色の林檎にはきっと』
ラリーとヘレンの二人は常につつましやかで、どんな出来事も喜びとして受け入れながら、仲睦まじく暮らしている。しかし、周りの人々は彼らの幸福を疑い、バラ色の林檎の中には虫が潜んでいるのではないか、と想像する。
このチャーミングなカップルの姿を見ていると、虫は彼らの中にではなく、むしろ観察者の目の中にいるのではないかという気がしてくるほどだ。そういう人々はその小心さや、道徳的臆病さの故に、夫妻の生来の熱意の広汎さを受け入れようとせず、たとえバッハ(のオーボエ演奏)においてもフットボールにおいても、ラリーの腕があまり褒められたものではなかったにせよ、彼の感じている喜びが本物であることを認めようとしないのではないのか?
彼らは本当にいつまでも幸福に暮らせたのだろうか? バラ色の林檎の中に本当に虫はいなかったのだろうか? そもそも人はなぜそんな詮索をしてしまうのだろうか?
【ルサンチマン】
《ルサンチマン》は、ニーチェの哲学における重要な概念の一つです。それは自分の欠点や不十分さを他者や社会のせいにし、自己を否定する代わりに他者を攻撃し、嫉妬や憎悪の対象とします。ニーチェは、こうした心理が価値観の逆転をもたらし、社会的強者や成功者を悪者とみなす歪んだ視点を生み出すと指摘しています。
本作は全体を通じて、人の成功や幸福に対する疑念や嫉妬という《ルサンチマン》をテーマに描いています。滑らかな語り口が小気味よい一方で、均一な暮らしに安住する都市生活者の心をざわつかせる話題であり、超短編ながらジョン・チーヴァーの本領を発揮した作品に仕上がっています。
ニーチェは自己を肯定し、《ルサンチマン》を乗り越えることが真の自己実現の道だと語っていますが、現実問題として身近な友人、知人から過度な成功や幸福を見せつけられたりしたら、とても心穏やかでいられません。って、そう思うのは私だけ?(*'ω'*)
ところで、嫉妬を全く感じない主人公が登場する『品川猿』という一風変わった村上作品があります。《ルサンチマンの喪失》の裏に隠された深刻な病理を解き明かすストーリーで、本ブログでもご紹介しました。興味があれば読んでみて下さい。