この作品の題名の『ニューヨーク炭鉱の悲劇』は、ビージーズの曲名から来ていて、その歌詞にはベトナム戦争犠牲者への追悼が込められているとも言われています。初期の村上作品としては稀有な社会派の香りがする作品をご紹介します。
【要旨】
- 夜の動物園で、地の底から這いがってくる不吉な情念。
- 年末パーティーで出会った彼女は、死んだ若者の面影を僕に見る。
- 解放されるときを信じて、抑圧された魂が闇のなかでじっと息を潜めている。
『檻の中の動物たち』
「夜中の三時には動物だってものを考える」思い出したように彼はそう言った。「夜中の三時に動物園に入ったことはあるかい?」
嵐のなかの動物園で、興奮してはねまわったり怯えたりする動物たちを観察する男のエピソードが登場します。彼はそこでいったい何を見ていたのでしょうか?
『死んだ若者の面影』
「さて」と彼女は言った。「あなたによく似た人の話だったわね」
「どうやって殺したんですか?」
「みつばちの巣箱に投げ込んだのよ」
「嘘でしょ?」
「嘘よ」と彼女は言った。
大晦日から新年にかけてのパーティーで、見知らぬ女性が話しかけます。彼女は死んだ若者の面影を「僕」のなかに見るというのですが・・・。
『怒れる若者たち』
先の二つのエピソードには、次のようなメッセージが込められているのではないでしょうか。
①あなたは檻に閉じこめられたモノたちの本能の声を聞いたことがありますか?
②あなたは本能の呼びかけに答えて行動した若者たちの気持が理解できますか?
60年代の政治の季節は《怒れる若者たち》の時代でした。彼らを突き動かした強い衝動は、【檻=抑圧的な時代】にあらがう【動物の雄叫び=本能の叫び】のようでもありました。
【アメリカ文学とのコラボ】
本作には、アメリカ文学を代表する作家ジョン・アーヴィングの『熊を放つ』に登場する〈夜の動物園の偵察〉と〈蜜蜂の巣箱にバイクで突っ込んで死んだ若者〉という二つのモチーフが、それと分かるよう挿入されています。
簡単にあらすじを紹介すると、バイク事故で死んだジギーの意志を受け継いだグラフがオーストリアの動物園襲撃を決行して、動物たちを野山に解放するというストーリーです。その破天荒な行動には、動物倫理の警鐘と共に、ナチズムなどの全体主義の圧政に苦しんだ市井の人々の抑圧された思いの解放が託されています。
デビュー直後に読んだというこの作品に村上はかなり入れ込んでいて、自らの手による翻訳も出版しています。純文学一筋と思われた村上作品にこのような政治問題に対する熱い一面が見られるのはとても珍しいと思われます。
ちなみに、全共闘をはじめとする学生運動の騒乱の影で、実際に多くの若者たちが亡くなっています。もしその史実を知りたい方は「内ゲバ」というキーワードでウィキペディア等を検索してみてください。