村上春樹レヴューのブログ

自称村上主義者の私が独自の切り口で作品をご紹介します。

【どこであれそれが見つかりそうな場所で】(『東京奇譚集』より)

今回ご紹介するのは、高層マンションの非常階段で姿を消した男の話です。都会の片隅で起きた不思議な話をご紹介します。 《あらすじ》 依頼者は証券トレーダーの夫と品川のマンションの26階に住んでいた。3年前に義母が同じマンションの24階に越してきた。義…

【⑦あるレディーの肖像】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

ポール・セローの7作目は、仕事でフランスを訪れたアメリカ人ビジネスマンの話です。憧れのパリ滞在にもかかわらず、居心地の悪い思いを繰り返すうちに、彼は早く家に帰りたいと嘆きます。ビジネス現場のあるあるエピソードには同情すべき点もありますが・・・…

【ハナレイ・ベイ】(『東京奇譚集』より)

本作は2018年に映画化されています。吉田羊の熱演には好感が持てましたが、映像ならではの解釈がなくて、少し物足りない感じがしました。映画に関して門外漢なので、間違った見方なのかもしれませんが。代わりといっては何ですが、やみくもな飛躍を試みた私…

【⑥便利屋】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

ポール・セローの6作目は 著名な作家の知遇を得ようとロンドンに通う批評家の話です。批評家稼業の俗物ぶりを面白おかしく描いた内容ですが、読み進むにつれて身につまされるような気持ちがしてきました。 《あらすじ》 批評家のブラッドワース教授は毎年夏…

【ティファニーで朝食を】

第二次大戦下のニューヨークを舞台に、社交界を自在に遊泳する女性のライフ・スタイルが描かれます。粋な会話と端正な文章、高尚な人生観から猥雑な不道徳まで、すべてがドラマチック。オードリー・ヘップバーンが主演した映画とは、ひと味もふた味も違う小…

【⑤真っ白な嘘】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

ポール・セローの5つ目の作品は、アフリカに滞在する若者たちの話です。新天地への赴任を契機に偽りで身を立てようとした同僚に風土病が襲いかかります。それは嘘の報いというにはあまりにも酷い驚きの結末!これが作者の実体験からきた話と知って二度びっ…

【偶然の旅人】(『東京奇譚集』より)

作品集『東京奇譚集』から短篇作品をご紹介していきます。本書は全体を通じて「家族の関係性」が描かれています。血を分けた家族であっても気持ちが通じ合うとは限らない。その一方で親から子へと受け継がれるさまざまな呪縛。硬直した関係を一変させる出来…

【④コルシカ島の冒険】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

本作には異国で起きた恋の逃避行の顛末が描かれます。一途な恋に余計な解説は野暮なことと承知しつつ、いつものように私見を交えてご紹介します。 《あらすじ》 旅先のマルセイユで、シェルドリック教授の妻はすがる彼を振りほどいて去っていった。彼女と共…

【ロング・グッドバイ】

本書はレイモンド・チャンドラーが描く《私立探偵マーロウ・シリーズ》の代表作です。本書を読み終えた時、これまで私が勝手に思い描いていたハードボイルドの概念は覆されました。 《あらすじ》 私立探偵フィリップ・マーロウは、高級クラブの前で泥酔して…

【③サーカスと戦争】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

ポール・セローの3作目は異国の家庭にホームステイする少女の話です。古い家父長制の伝統が残る《世界の果て》で、15歳の少女がひとり反旗を翻す姿が描かれます。 《あらすじ》 ディーリアは、ロンドンからフランスの田舎にホームステイでやってきた。家の主…

【グレート・ギャツビー】

本書は文学史に残る傑作と評価されるスコット・フィッツジェラルドの代表作であり、村上春樹が満を持して翻訳に取り組んだ意欲作でもあります。 《あらすじ》 隣の敷地の豪邸では週末ごとに盛大なパーティーが開かれていた。パーティーの参加者たちは主催者で…

【②文壇遊泳術】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

今回ポール・セローの短編集からご紹介するのは、文壇の著名人たちを招いたパーティーを開いて人脈を広げていくという、社交術に長けた男の物語です。 《あらすじ》 マイケルは酒屋に勤める平凡な青年。出版業界に顔の利くロナルドと文壇のパーティーに参加…

【キャッチャー・イン・ザ・ライ】

J・D・サリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』をご紹介します。大人たちの欺瞞に対して鬱屈した想いをぶつける内容が共感を呼び、不朽の青春小説として世界中で読み継がれているのはご存じの通り。野崎孝訳の『ライ麦畑でつかまえて』以来、40年ぶ…

【①ワールズ・エンド(世界の果て)】(『ワールズ・エンド(世界の果て)』より)

今回から9回にわたってポール・セローの短編をご紹介します。長期連載となるので隔回ごとに別の村上作品を挟みながら、気長に続けていきたいと思います。また、進捗が分かるようタイトルに通し番号を付けておきます。 本書は「異郷のトンデモ話」を収めた短…

【熊を放つ(第3章・動物たちを放つ)】

本稿の「第3章・動物たちを放つ」で本書は大団円を迎えます。私の積年の課題もこれでようやく解決です。なぜなら、本書のモチーフは初期の村上作品に何度も引用されており、ここを通らずして『自称 村上主義者』を名乗れない要所(と勝手に思っている)から…

【熊を放つ(第2章・ノートブック)】

『熊を放つ』第2章では、ジギーの動物園偵察記と自伝が交互に語られます。この二つの文章が『動物園破り』の根拠となるのですが、初読の時は読み通すだけで精一杯。なぜなら、「旧ユーゴスラビア史」という世界史のなかでもマイナーな史実がふんだんに登場…

【熊を放つ(第1章・ジギー)】

アメリカ文学を代表するジョン・アーヴィングのデビュー作をご紹介します。発表当初から評価が高く、作品の舞台であるドイツ語圏に翻訳されるやたちまちベストセラーに。本邦では村上春樹を中心に6人の翻訳チームが組まれて刊行に至っています。 訳者あとが…

【⑰長距離ランナー】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

ここまでのペイリーの作品を振り返ってみると、前半の作品①~⑧では社会的に孤立する人々の困難な状況に光をあてました。後半の作品⑨~⑯では正義や権利を強引に主張する盲目性や、弱者への無関心を警告しました。いずれにしても、ペイリーは弱者の視点で社会…

【アフターダーク】

本書は、部屋に閉じこもって眠り続ける姉と、そのことに思い悩む妹の物語です。妹は夜の裏街をさまよい、人々とのふれあい、人生の哀歓を味わうことで姉の心に働きかけます。 作者が感銘を受けたというロベール・アンリコ監督の映画『若草の萌えるころ』への…

【⑯移民の話】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

本作には男女の会話のすれ違いが描かれ、いかにもグレイス・ペイリーらしい政治的な発言が飛び交います。前回⑮では「他者との会話」が人の理性を良い方向に導くと書いたものの、保守とリベラルの対立が深刻化するアメリカ社会は、会話そのものが困難を極めて…

【海辺のカフカ(下)】

先の『海辺のカフカ(上)』では、『父を殺し、母と姉と交わる』と予言された少年の受難が描かれました。彼は機能不全家族の影響と思われる解離性障害により予言を疑似体験します。それはまるで、ポストモダン思想の文脈に掲げられた「エディプス・コンプレッ…

【⑮父親との会話】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

グレイス・ペイリーは本書のエピローグで、作品に登場する父親について次のように語っています。 『どのような物語の中に居を構えていても、彼は私の父である、医学博士にして、画家にしてストーリーテラー、I・グッドサイトです』 今回ご紹介する作品は、彼…

【海辺のカフカ(上)】

本書は【カフカ少年】と【ナカタ老人】の各章が交互に進行し、互いに呼応しながら一つの物語を形作っていく構成です。先に発表された『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』で同様の手法が用いられていることをご存じでしょうか。 以前このブログで…

【⑭リトル・ガール】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回はグレース・ペイリーが書いた《民間伝承もの》です。これまでにはなかった残虐な描写が登場しますが、そこには本書のテーマを追求するうえで、避けられない理由があるようにも感じられます。 《あらすじ》 黒人のカーターは公園で家出少女をナンパし、…

【バースデイ・ガール】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

本作は村上春樹自身が短編集『バースデイ・ストーリーズ』のために書き下ろした作品です。国語教科書に採用されていますが、派手なイラストで単行本化されたのを記憶している方も多いのではないでしょうか。本短編集が英語圏で刊行された時には、「人生と幸…

【⑬ノースイースト・プレイグラウンド】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回は作者のグレイス・ペイリー自身をモデルにした『フェイスもの』です。彼女の作品はアメリカ人にとっても簡単に吞み込める文体ではなかったようです。20世紀を代表する女性作家と呼ばれた彼女が、かつてはアメリカ文学界において理解されない時期があっ…

【ライド】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

著者のルイス・ロビンソンは、この短編集に作品が選定された当時は30歳を過ぎたばかりの若手作家でした。サザビー専属ドライバーやウニ取り潜水夫、トラック運転手などを経て、現在はメイン大学の教員を務める異色の経歴の持ち主です。親友、恋人、親子など…

【⑫政治】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

ペイリーの短編集と誕生日アンソロジーを交互にご紹介しているうちに、アメリカ文学専科の様相を帯びてきたので、改めてブログの趣旨を確認しておきます。このブログは、村上春樹の長編・短編・翻訳作品及び関連する創作活動の一つ一つをすべて紹介するとい…

【波打ち際の近くで】(『バースデイ・ストーリーズ』より)

作者のクレア・キーガンは、本短編集に選定された中ではもっとも若い世代に属します。ポストモダン文学の影響を脱した次世代の作家として、彼女の作品をご紹介します。 《あらすじ》 青年は大学の夏休みに海辺に建つ建物のペントハウスで過ごしている。義理…

【⑪最後の瞬間のすごく大きな変化】(『最後の瞬間のすごく大きな変化』より)

今回は本書の表題になった作品のご紹介です。作品の理解を深めていただくために、途中で少しだけ60年代の時代背景の解説を差し挟みます。社会活動家でもあるグレイス・ペイリーならではの歯ごたえのある世界観をご一緒に味わってみませんか。 《あらすじ》 …